走って走って、やっとゴブリンたちの追跡を振り切った二人は足を止めた。
夕日はもう森の中に差し込まないくらいお山の向こう側へと沈んでいる。
「撒いたな……」
サーリャはせき込みながら、クーデレの手を振り払った。
「あんた、クーデレだっけ? 強いのね……」
「ふむ当然だ。私はスライーーおっと、家族を守るためならばいくらでも強くなろう」
胸を叩いたクーデレに、サーリャは弱弱しく笑いかける。
「それに、ギルドの時と随分喋り方がちがうわ」
「こっちが素だ。そういうお前は弱いなサーリャ。ジジさんが心配するわけだ」
「うぐっ。見てたのね」
サーリャは痛いところを突かれたと言わんばかりに表情を歪めた。
「それなのに何故冒険者なんて……ああ、金が欲しいとか言っていたな? あの程度の魔法ではスライム討伐も無理だ。畑仕事なりやって真っ当に稼ぐ方が身のためだぞ?」
まあ、マッチ一本くらいの火力と静電気程度の電撃でも長時間当て続ければスライムは蒸発する可能性がある……が黙っておく。
サーリャは重くため息をついた。
「それじゃあ意味がないのよ。私が私の力で稼いだお金じゃないと」
「……どういうことだ?」
そこから先の話は簡潔に言えばこうだった。
サーリャは《ハジメ・ノ・ムラ―》の近くに捨てられた娘で、ジジさんたち町の人々に拾われたこと。ジジさんたちは生まれつき体が弱くて腫物扱いだったサーリャを受け入れて畑仕事などを手伝わせてくれたこと。健康な普通の女の子として育ててくれたこと……。
「ジジさんたちには感謝してるの。ほら、もうすぐ敬老の日でしょ? だから、私皆に何かプレゼントしたくて冒険者登録したのよ。でも、クエスト受けちゃだめだって止められてて。それがもどかしくて、嫌で……」
「なるほど。それでジジさんにあんなに反発していたのだな?」
サーリャはシュンとうなだれた。
「本当は町から出たいなんて言うつもりなかったの。でも、なんで稼ぎたいのかなんて言える訳ないじゃない……皆へのプレゼントを買いたいからって言ったら台無しでしょ?」
恥ずかしいのか今度はツンとそっぽを向くサーリャ。
(不器用なやつ……)
クーデレは疲れたため息をついた。
「まったく、お騒がせな娘だなお前はサーリャ。だが……」
クーデレはにやりと口角を上げた。
「そういう、家族のために身を差し出す覚悟のある奴は正直嫌いではない」
クーデレは受付嬢の七つ道具・魔導ポケットに手を突っ込んで何やらクエスト書を複数枚取り出した。
「なによ? ん? これ、ゴブリン討伐の依頼書?? ……こんなに」
「今から受付嬢権限で緊急クエストを行う。ゴブリンをできるだけ討伐するクエストだ。やる気はあるか? 報酬はギルドに戻ってからしっかり払ってやろう」
サーリャは目を見開くが、自信なさげに伏せた。
「で、でも私のへぼい魔法でゴブリンを倒せるわけが……」
「倒せるか倒せないかは聞いていない。やる気があるかないかだ。ちなみに私は家族を守るためならばなんだってやるぞ? お前がその気ならばこの私の力を貸してやると言っているんだ」
「それは、嬉しいけど……それじゃあ私の力で稼いだお金じゃないじゃない……そんなの意味ないわ」
なおも引き下がるサーリャ。
クーデレはムッとしてサーリャに言い寄った。
「意味がないだと? サーリャお前は私の心を動かしたのだぞ? 私が力を貸すと言っているのはお前の覚悟を見たからだ。力のないお前は家族の笑顔の為にゴブリンの森に一人足を踏み入れてみせた。その行動に力がないとは言わせぬ。ついてこい!」
クーデレはサーリャのローブの首根っこを掴んでずるずると引きずり出す。
「ちょ、ちょちょちょ!? なに? なんなの!? クーデレ……さん? どこ行くの!?」
その夜、《ゴブリンの森》にて多数のゴブリンたちが討伐される事件が起こったのは言うまでもない。