「師匠! 次はいつ魔法を教えてくれるの? クエストはいつ??」
サーリャはクーデレを師匠と呼ぶようになった。
あの日以来どうも慕われてしまったらしい。
それはそれで悪い気はしないのだが、こう毎日付きまとわれては仕事にならない。
特に〖スライム討伐〗の依頼書をこっそり燃やしたり、闇討ちできそうな相手の後をつけることが難しくなった。常にサーリャが見ているからだ。
そして、事件が起こる。
「私の部屋と師匠の部屋ってお隣同士だったのね! びっくり! 嬉しいわ!!」
業務が終わり帰路につくとばったり。
しかも隣の部屋同士という事が発覚し、サーリャとお茶をすることになったクーデレ。
「まあ、まだ《ハジメ・ノ・ムラ―》に来てから日が浅いし、サーリャと話すようになったのも最近だ。互いに知らなくても無理はない」
クーデレは闇討ちパトロールに出かけたくてそわそわしていた。早く帰らないかなこいつ……と上の空だった。
「師匠? お茶ぬるいんじゃない? 入れ直してあげるわ!」
と、サーリャがお茶のカップを持って立ち上がったその時。
「わっ!? あ!?」
バシャ!!
クーデレの頭にお茶がかかった。
「なっ!?」
クーデレは油断していた。
まさか何もないところでバランスを崩す小娘がいるなどと夢にも思わなかった。
スライムはほぼ100%水分でできている。
いくら【チェンジ】の魔法で見た目を変えられたとしてもその性質は変わらない。
常日頃水には気をつけてきたクーデレだが、不意打ちで水を被ったことでクーデレの【チェンジ】の魔法が解けてしまった。
カッ! と部屋中をまぶしい光が覆う。
それが収まると……ピンク色で王冠のような頭をしたみずみずしいスライムが一匹サーリャの対面に座っていた。
「し、しし、師匠がスライムに!?」
驚き後ずさるサーリャ。
この時クーデレのスライム脳では様々な言葉が錯綜していた。
バレた! 殺すしかない…… いや、でもワザとじゃないし もうこの町にはいられない? 失敗した どうしよう……。
結果、一周回ってクーデレはため息をついた。
「まあ落ち着けサーリャ。私は逃げも隠れもしないだから」
「師匠を返して! このへんてこ頭スライム!! ししょもがが!??」
混乱したサーリャがお盆でこちらを叩こうとしてきたので、クーデレは体を触手のように伸ばして彼女の手を掴み、口も塞いだ。
「落ち着けと言っているだろうに! 事情を話してやるから聞け! それから判断しろ!」
そしてクーデレは語り出した。
この世の中のスライムに対する非道さと、理不尽と戦うために受付嬢になった己の道程を。
「――というわけで、私はスライム達を守るために受付嬢としてギルドに潜入。受付嬢業務をこなしつつ日夜王都から送られてくるスライム討伐の依頼書を焼却炉に突っ込み、闇討ちできる冒険者を探して夜の町を徘徊しているわけだ」
対面で耳を傾けていたサーリャはゆっくりと頷いた。
「そうか、それで師匠は私にスライム討伐のクエストを受けさせなかったのね?」
「すまないな。家族が討伐される姿はみたくない」
クーデレがピンク色の体をぷるると震わせると、サーリャはいえいえと首を振った。
「そういう事情があったのならいいの。むしろ家族を大事にするのは師匠らしいっていうか。そのおかげで私師匠と仲良くなれたし!」
にっと笑みを浮かべるサーリャ。
おや? クーデレは疑問を覚えた。
「サーリャ。お前、私のこの姿を見ても怖くないのか? モンスターだぞ?」
「うーん……別に師匠は師匠だし。気にしないわ!」
クーデレは目を見開く。
それよりも、とサーリャはお茶に口をつけて表情をちょっぴり曇らせた。
「師匠、正体がバレちゃったからってここから出ていかないわよね?」
(てっきり「町から出ていけ!」とののしられると思ったのに。その逆とはな……)
クーデレは【チェンジ】と呟き、受付嬢の姿でピンクと白のグラデーションの長い髪が印象的な美人の姿に戻った。
「ふふ、サーリャが私の正体と目的を誰かに漏らしたりしない限りはここにいよう」
サーリャは安心したのか小指を突き出して悪戯に笑った。
「師匠が町の人を闇討ちしないって約束してくれるならね?」
「ああ、いいとも」
クーデレはサーリャの小指に自分の小指を重ねて指切りをした。
《ハジメ・ノ・ムラ―》の冒険者の闇討ちが成功したことはないし、もう諦めていることは内緒だ。