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第13話

「燃やせ燃やせ!! 人間に加担した愚かなスライムどもを一匹残らず始末しろ!! 我らの怒りを思い知れ!! はははははは!!」


 燃え盛る森の中に加虐的なゴブリンクイーンの笑い声がこだまする。


 スライム達は精一杯地面をポヨポヨ走り、あるいは転がるが、二足歩行で駆けてくるゴブリンたちの方が早い。


『ヒャハー!』『ザコガ!!』『クエナイヤツラ、キライ』『ツブレロ!』『モエロモエロ!!』


 こん棒で潰され、蹴り飛ばされ、松明で燃やされ体が蒸発し、痛めつけられるスライム達。


『痛いよ~!』『死にたくない、死にたくない!!』『ぴー!!』『僕たち何も悪いことしてないのに!!』『どうして? どうして??』


 スライム達に発声器官はない。会話はスライム同士にしか通じない体を震わせるテレパシーのみだ。


 だから言葉は通じない。


 悲しみと恐怖と痛みに震える彼らの言葉は、ゴブリンたちには届かない。


 いつだってそうだ。


 ぷるぷる震えるだけの彼らを誰もが踏みにじる。


 弱いから、反撃してこないから、話が通じないから、ただそこにいたから……。


 理不尽な世界に生まれた彼らが悪いのか?


(……否!)


 燃え盛る森の上空にふよふよとピンク色の巨大な丸い雲がかかった。


「なんだぁあれは……?」


 ゴブリンクイーンが訝し気に上空を睨む。


 ゴブリンたちも、スライム達も何事かと頭上を見上げた。


 次の瞬間。


「せい!!」


 クーデレは己の体に吸収した湖の水の全てを森に降らせた。


 洪水に飲まれた森を包む炎はあっという間に鎮火し、同時に【フユルン】で数トンになった体を浮かせていたクーデレの魔力がほぼ底をつき、森に落下。


 ちょうど、いつもの切り株の上に落ちた。


「いたたたた……」


 彼女が【ワープル】でまず飛んだのは《スライムの森》の湖だった。そこで【チェンジ】の魔法を解いてスライム体に戻った彼女は湖の水を吸収する。100年に一度生まれるスライムクイーンである彼女の吸水率は通常のスライムの約10000倍。湖の水をほぼ吸い上げた彼女は次に【フユルン】という中級の重力操作魔法で己の体を空へと浮かし、ここまで運んできたのである。


鎮火した木々、この場から流されたゴブリンとスライム達。


それでもまだまだその場には家族のスライム達がとり残されていて、明らかに敵対しているゴブリンたちの軍団もこちらを睨んでいた。


勿論、この程度で流されるゴブリンクイーンではない。


彼女は濡れた緑色の長い髪を優雅に降って水も滴る良い女を演出した。


「久しぶりねぇスライムクイーン。協定破棄の時以来かしら? 調子はいかが?」


「お前……ゴブリンクイーン! 何故森に火をつけた! 何故私の家族を襲う!?」


 クーデレの怒りの咆哮にゴブリンクイーンは嘲笑で返した。


「だってねぇ? そっちが最初にしかけてきたんじゃない?」


「なに?」


 ゴブリンクイーンはウニョウニョ動くピンク色のスライムの欠片を取り出し見せた。


「私の家族たちを、冒険者に化けて殺し回っていたでしょう? これは報復よぉ? うふふふふ!!」


 意地の悪い蛇のように笑うゴブリンクイーン。


(なるほど、そういうことか……私はこいつに都合のいい理由を与えてしまったのか……)


 後悔の念が一瞬浮かぶが、それは直ぐに霧散する。


 私と同じく家族のために動いたサーリャという少女がいる。


彼女に共感したのだ。助けになれた。それは間違いではない。


 クーデレはゴブリンクイーンを強く睨みつける。


「違うだろ。お前の本当の目的は《スライムの森》を奪う事だ。そうじゃなければ私が冒険者対抗戦線の打診をした時に協定を結ばない筈がない……家族の報復? 笑わせるな偽善者め」


 吐き捨てると、ゴブリンクイーンは近くのゴブリンの頭を叩いた。


『イデ!』『クイーンサマガブッタ!』『コイツ、ワルイヤツ?』『ワルイヤツダ!』『コロス?』『コロソウ!!』


 ゴブリンたちはその場でいがみ合いを始める。


 ゴブリンクイーンはそれを見て愉快そうに笑った。


「こいつら頭悪いのよ~? すぐ殺すか殺さないかって話になるし、食べることしか考えてないし。でも私のいう事ならなんでも聞いてくれる奴隷ちゃんなの。死ねって言ったら多分死ぬわよこいつら。ふふっ!」


「下衆が。それがクイーンのやることか!」


 クイーン、王に生まれるという事はその種族でなにかやるべき使命があるという事だ。


 その使命に突き動かされて彼女らは立ち上がる。


 クーデレは家族のために。


 ゴブリンクイーンは……。


「私は、私のやりたいことのために家族を使うのよ? こいつらはス・テ・ゴ・マ。さあ、お前達! この土地を私のモノにするのよ!! 邪魔なスライムどもを追い出して!!」


「【チェンジ】! 【ヒカリノツルギ】!! させるかぁあああああああ!!」


 クーデレは怒りに突き動かされて受付嬢の姿に変身し、その手に光剣を掴んでゴブリンクイーンに斬りかかった。


 ガギィ!!!!


 斬撃をゴブリンクイーンは鉄のとげ付きこん棒で軽々と止める。


 止めただけでなく、凄まじい怪力でクーデレを地面に叩きつけた。


「がはっっ!!!?」


 鉄のこん棒の上に乗り、ゴブリンクイーンが嘲笑う。


「バカねぇあんた。たかがスライム10000匹分の力で、ゴブリン10000匹の力をもつこのあたしに敵うわけないでしょ? 魔力も底をつきてるくせに、わざわざ人間の姿に【チェンジ】して……あ? スライムの姿だと勝てないって思ったから人間の姿になったのかなぁ? あはは、傑作~!」


 下卑た笑い声が意識を失いかけていたクーデレを不快に呼び戻す。


(そうだ、私はなんで、この姿で挑んだんだろう……どうして……)


その耳に、スライム達の声が届いた。


『クーデレ様! この! 離せ!』『クーデレ様!! 大丈夫ですか!?』『今助けますから! 安心して』『クーデレ様……!!』


「皆の者、逃げて、くれ……」


 指一本動かせないクーデレは口を動かす。


ゴブリンクイーンの足元に集まりぽこぽこ体当たりをするスライム達。


「あ? なにこのザコ共? うざ」


 ぐしゃ!!


 クーデレの目の前で家族が踏みつぶされた。


 ぐちゃぐちゃになったスライムは最後の力で震える。


『ク、デレ、さま……だいすき……』


「ああ、うあああああ、ぁあああああ……」


「なに、泣いてるの? うわ~雑魚ってかわいそ~。はー……もういいや、死ねよ」


 鉄のとげ付きこん棒を持ち上げるゴブリンクイーン。


 クーデレは断頭台のように振り上げられたそれから逃げる力もなく、ただ、見上げる。


(……誰か、私の家族を助けてください……神様、どうか)



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