「鸞さん、今度の土曜、お暇どすか?」
放課後の教室で、ノートを閉じたあずさが、少し恥ずかしそうに声をかけた。
「おっ、珍しいな。予定入れてくれるん? もちろん空いてるで!」
「ちょっと、行きたいお店があるんどす。よろしければご一緒に」
「おーっしゃ! お買い物デートやな!」
「デ、デートとは言ってまへん!」
「照れてるあずささん、かわええな~」
「からかわんといてください!」
というわけで、土曜日の午後。
ふたりは待ち合わせ場所の駅前広場で顔を合わせた。
制服ではなく、それぞれ私服。
あずさは白いブラウスに淡いラベンダー色のスカート。まるで古都の風をそのまままとうような清楚なコーディネート。
一方の鸞は、黒のスキニーパンツにパステルブルーのシャツジャケットを羽織り、外国人モデルのようなスタイルで堂々と立っていた。
「……目立ちますね、鸞さん」
「うちの見た目が派手なんやなくて、あずささんが清楚すぎんねん」
「それ、褒めてはります?」
「もちろんや!」
最初に向かったのは、和雑貨やアクセサリーが揃うセレクトショップだった。
「これ、あずささんに似合いそうやな」
「これは……ちょっと派手すぎます」
「じゃあこれ。んー、ちょっとおとなしすぎるか……」
「……鸞さん、選ぶの楽しんではる?」
「バレたか」
次に入った文具店では、あずさが真剣な目で万年筆を眺めていた。
「これ、インクの出がええって聞きまして……」
「へー、あずささんって、手紙書くタイプなんや」
「たまに、どすけど。文字って、直接声に出すより、心に残る気がしませんか?」
「……ええこと言うなぁ」
そのあと、駅前の商業ビルへ移動し、ファッションフロアをぶらぶら。
洋服を試着するあずさの姿に、鸞が思わず口笛を吹いた。
「……めっちゃ似合ってるで、それ」
「え……そ、そうどすか?」
「なんや、モテそうやなぁ。うち、心配になってきたわ」
「な、なんでですの!」
「うちが隣におらんと、ナンパされるやろ」
「も、もう……」
そんなことを話していたときだった。
「ねえねえ、そこの子たち、よかったら一緒にお茶しない?」
後ろから、軽い調子の声がかかる。
振り向くと、数人の若い男たちが立っていた。
「あら、またや……」
「げ、またナンパやん」
「さっきから見てたんだけどさ、君たち、目立つからさぁ」
鸞が何か言おうとしたその時。
「あの……私たち、急いでますさかい」
あずさが、はっきりと、けれども柔らかく言い切った。
「え、ええっ……」
「あ……あれ?」
男たちが驚いたように顔を見合わせる中、あずさは小さくお辞儀をして、すっとその場を離れる。
鸞も慌てて後を追う。
「えっ、すご。さっきの、完璧やったで」
「昨日、鸞さんに助けていただいて……うちも、ちゃんと断れるようにならんと、と思いまして」
鸞はしばらく感心したようにあずさを見つめていたが、やがてにっこり笑った。
「……成長したなぁ、うちのあずささん」
「だ、誰の“うちの”ですか!」
それでも。
ふたりの笑い声は、夕暮れの街に心地よく響いていた。
そしてその距離は、また少しだけ近づいていたのだった