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第7話 微笑みと焦りのはざまで

週が明けた月曜日。  

登校する生徒たちの間で、ふとした話題が広がっていた。


「この前、駅前でナンパ撃退した子たちって……あの2年の?」


「金髪の関西弁の子と、京都の舞妓さんみたいな子でしょ?」


「うそ、あの二人そんなこともできるんだ……!」



当の本人たちはというと、いつも通り並んで登校していた。


「なんか最近、やたらと見られてる気ぃせえへん?」


「それは……鸞さんが派手やから、では?」


「うちだけのせいかい!」


「ふふ、でも……ちょっと嬉しそうやないですか?」


「ま、まあ、目立つのは嫌いやないけど……」



校門をくぐったあたりで、数人の下級生が声をひそめながら近づいてきた。


「……すみませんっ、あの……! 英語、教えてもらえますか……!?」


「へっ? 英語? なんでまた?」


「この前の駅前でのナンパ……あの時のやりとり、かっこよかったです!」


「あ、動画とか撮ってないよな!?」


「と、撮ってないです!でも……ああいうふうに言い返せたらって……」



鸞は一瞬たじろいだが、すぐに破顔した。


「そっか……ほな、ええよ。お昼休みに教室で簡単な英語講座やったるわ!」


「ありがとうございます!」



一方その頃、あずさは教室で窓の外を眺めていた。


鸞と並んで過ごす毎日は、楽しくて、新しくて、そして……時々、少しだけ焦る。


鸞の英語力、人懐こさ、抜群の存在感。  

あずさが持っていないものを、鸞はすべて自然に持っていた。



「……うちは、なんでこんなに気になるんやろ……」


そのとき、背後から声がした。


「おーい、あずささん! さぼっとると思われるで!」


振り返ると、パンを片手にした鸞が立っていた。


「いえ、さぼってません。ちょっと考えごとしてただけどす」


「……なんや、暗い顔しとったな。大丈夫か?」


「はい……ただ、ちょっと、自分のことで反省してまして」


「自分のことで?」


「……うちは、鸞さんにずっと助けてもろてばかりや。  

このままやったら、ずっと追いつけへん気がして」



鸞は、一瞬言葉に詰まったが、やがてふわりと笑った。


「……あずささん、うちはあずささんのこと、追いついてきたって思っとるで」


「……え?」


「駅前でナンパされた時も、めっちゃ堂々と断ってたやん?  

あれ、うちよりキマってたで」


「そ、そんなこと……」


「ほんまやって。あずささんは、うちが持ってへん“しとやかさ”があるし、  

ちゃんと考えて喋る力もある。せやから、無理に追いつこうとせんでええよ」



あずさは、じっと鸞の顔を見つめる。


その笑顔は、からかいも誇張もない、まっすぐな優しさに満ちていた。


そして、自分の中の焦りが、少しずつ溶けていくのを感じた。



「……うち、もっと頑張ります」


「うん。うちも一緒におるから。のんびりでええよ」



チャイムが鳴り、昼休みが終わりを告げる。


ふたりは並んで席に着き、ノートを開いた。



“英語”も“日本語”も、そして“自分自身”も。


ゆっくりでもいい。確かに前へ進んでいる。


それが、ふたりの新しい日常だった。



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