週が明けた月曜日。
登校する生徒たちの間で、ふとした話題が広がっていた。
「この前、駅前でナンパ撃退した子たちって……あの2年の?」
「金髪の関西弁の子と、京都の舞妓さんみたいな子でしょ?」
「うそ、あの二人そんなこともできるんだ……!」
当の本人たちはというと、いつも通り並んで登校していた。
「なんか最近、やたらと見られてる気ぃせえへん?」
「それは……鸞さんが派手やから、では?」
「うちだけのせいかい!」
「ふふ、でも……ちょっと嬉しそうやないですか?」
「ま、まあ、目立つのは嫌いやないけど……」
校門をくぐったあたりで、数人の下級生が声をひそめながら近づいてきた。
「……すみませんっ、あの……! 英語、教えてもらえますか……!?」
「へっ? 英語? なんでまた?」
「この前の駅前でのナンパ……あの時のやりとり、かっこよかったです!」
「あ、動画とか撮ってないよな!?」
「と、撮ってないです!でも……ああいうふうに言い返せたらって……」
鸞は一瞬たじろいだが、すぐに破顔した。
「そっか……ほな、ええよ。お昼休みに教室で簡単な英語講座やったるわ!」
「ありがとうございます!」
一方その頃、あずさは教室で窓の外を眺めていた。
鸞と並んで過ごす毎日は、楽しくて、新しくて、そして……時々、少しだけ焦る。
鸞の英語力、人懐こさ、抜群の存在感。
あずさが持っていないものを、鸞はすべて自然に持っていた。
「……うちは、なんでこんなに気になるんやろ……」
そのとき、背後から声がした。
「おーい、あずささん! さぼっとると思われるで!」
振り返ると、パンを片手にした鸞が立っていた。
「いえ、さぼってません。ちょっと考えごとしてただけどす」
「……なんや、暗い顔しとったな。大丈夫か?」
「はい……ただ、ちょっと、自分のことで反省してまして」
「自分のことで?」
「……うちは、鸞さんにずっと助けてもろてばかりや。
このままやったら、ずっと追いつけへん気がして」
鸞は、一瞬言葉に詰まったが、やがてふわりと笑った。
「……あずささん、うちはあずささんのこと、追いついてきたって思っとるで」
「……え?」
「駅前でナンパされた時も、めっちゃ堂々と断ってたやん?
あれ、うちよりキマってたで」
「そ、そんなこと……」
「ほんまやって。あずささんは、うちが持ってへん“しとやかさ”があるし、
ちゃんと考えて喋る力もある。せやから、無理に追いつこうとせんでええよ」
あずさは、じっと鸞の顔を見つめる。
その笑顔は、からかいも誇張もない、まっすぐな優しさに満ちていた。
そして、自分の中の焦りが、少しずつ溶けていくのを感じた。
「……うち、もっと頑張ります」
「うん。うちも一緒におるから。のんびりでええよ」
チャイムが鳴り、昼休みが終わりを告げる。
ふたりは並んで席に着き、ノートを開いた。
“英語”も“日本語”も、そして“自分自身”も。
ゆっくりでもいい。確かに前へ進んでいる。
それが、ふたりの新しい日常だった。