春の学期が進むにつれて、聖フィオナ女学院にも試練の時がやってきた。
そう、中間テストである。
この名門校では、成績もまた名誉の一部。
特に2年生ともなれば、大学推薦や将来の進路にも関わるため、生徒たちは皆、気を引き締めて試験週間に挑んでいた。
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――そんな中で。
「鸞さん、英語のテスト、どうでした?」
「んー、まあ、いつもどおりやで。迷うとこなかったし」
「ですよね……うち、最後の読解、ちょっとだけ残してしまいまして」
「どんまいどんまい。うち、あそこ一番楽しかったわ」
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隣で苦笑いするあずさを横目に、鸞はまるでピクニックでも終えたかのような軽やかさだった。
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しかし、異変が発覚したのは翌週。
教室に掲示された中間テストの順位表。
――1位:瓢及 鸞(ひょうの らん)
「……え?!」
教室中がざわつく。
「ちょ、待って。鸞さんって、帰国子女なのはわかってたけど、学年1位って……」
「しかも、全教科満点!? 冗談やろ!?」
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「いや、ほんまやで」
鸞は笑顔で返す。
「でもうち、全部英語で書いたからな。採点してくれた先生に感謝や」
「英語で……!?」
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国語、数学、理科、社会、英語。
全部英語で記述したという噂は、またたく間に校内に広がった。
「そんなのアリなんですか!? 日本語で解答しなきゃダメなんじゃ……」
「でも、“日本語で書け”とは明記されてなかったらしいよ」
「そりゃそうかもしれないけど……」
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職員室では教師たちが集まり、軽い会議が行われていた。
「全部英語で書いてあるけど、解答内容は完璧だ」
「しかも、記述式も構成が論理的で美しい……」
「でもこのまま放置すると、来学期の試験、全員英語で書いてくるかも……」
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その結果――
「来期以降、“全教科、日本語で記述すること”を明記しよう」
という、極めて真っ当な判断が下された。
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一方、教室では……
「鸞さん、すごい……ほんまに全部満点やなんて……」
「まぁ、うちは生きてる言語が英語やしな。日本語、たまに文法で混乱するで」
「でも、先生たちもすごいですよね、全部採点してくれはって」
「ほんまそれ! “ご協力感謝”ってお礼状書いたほうがええかもな」
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あずさは、そんな鸞の肩越しに、掲示された順位表をそっと見上げた。
自分の名前は、そこに――五位。
決して悪くない。
むしろ、普段の成績から考えれば上出来だ。
でも。
(やっぱり、追いつくには、まだ遠い……)
心のどこかで、ぽつりと影が差す。
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すると、その気配を察したのか、鸞が軽く肩を叩いてきた。
「なーなー、あずささん」
「はい?」
「今度の期末は、日本語で解答縛りになるらしいで」
「えっ……」
「つまり、うちの“英語攻撃”は使えへん。
これからは日本語で勝負やからな……。あずささんのターンや!」
「た、ターンって……」
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あずさは思わず笑ってしまった。
そしてその笑みの奥に、再び小さな決意が宿る。
(今度こそ、鸞さんと並びたい)
そう思った瞬間、テストの順位表が、ただの数字ではなく、
ふたりの関係をつなぐ一つの目標に変わった。
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中間テストの結果が教室に波紋を広げる一方で、
その中心にいたふたりの物語は、静かに、新たな段階へと進み始めていた。