期末テストの成績発表から数日が経ち、学校は再びいつもの日常へと戻っていた。
しかし、クラスの空気にはどこか微妙な変化があった。
「……最近、都さんってちょっと変わったよね」
「うん、なんかこう……前より目立つようになったというか」
「まさか学年1位取るとは思わんかったな」
廊下の片隅で、誰かがそんな風につぶやいていた。
それは嫉妬や悪意ではなく、戸惑いと、少しの羨望。
以前のあずさは、“控えめで、優雅で、静かな人”だった。
けれど、今は違う。
話す声は変わらず丁寧だが、その芯には自信が宿っている。
隣にいる鸞と、肩を並べることを恐れなくなった。
だが、それは同時に、教室の“均衡”をわずかに揺らす。
昼休み。
教室の後ろで、数人の女子が小さな輪になっていた。
「鸞さんと都さん、最近ほんとに仲いいよね」
「もともと仲良かったけど……あれって、ただの友達?」
「なんかもう、特別って感じ。誰も入り込めない雰囲気っていうか」
そんな声が届く距離で、当のふたりは楽しそうに会話をしていた。
「なー、あずささん、次の休み、一緒に映画でも行かへん?」
「ええなぁ。洋画どすか?」
「もちろん字幕派やで。吹き替えは役者さん次第で違和感あるし」
「鸞さん、ナチュラルに評論家みたいなこと言わはる……」
クスクスと笑うふたりのやりとり。
だが、それを見ていた一部の生徒たちは、なぜか静かに視線をそらす。
(なんでやろ……あのふたり、見てると……なんか置いてかれる気ぃする)
そんな空気の中、静かに立ち上がったのは、クラス委員長の東條深雪だった。
「鸞さん、都さん。少しいいかしら」
「おっ、どしたん? 怒られるようなことしたっけ?」
「そうじゃないけど……ちょっとだけ」
深雪はふたりを教室の隅に呼び、周囲に聞こえない声で言った。
「あなたたちの仲がいいことに文句がある子はいないわ」
「でも、少しだけ“壁”を感じる子も出てきてるの。わかる?」
鸞はきょとんとした顔をした。
あずさは、少しだけ目を伏せた。
「……うちは、ただ、鸞さんと話すのが楽しくて」
「うちも別に他を避けとるつもりはないんやけどなぁ」
深雪は微笑んだ。
「わかってる。でも、ちょっとだけ意識してみて。たとえば、昼休みに他の子とも交えて会話するとか」
「……うん、そやな」
その日の午後。
鸞はふと、席を立ち、後ろの席の子に話しかけた。
「なあ、今度の課題、ちょっと相談してええ?」
「え、あ……う、うん! もちろん!」
そして、あずさもまた、隣のグループにお菓子を差し出して声をかけた。
「これ、家の近くの和菓子屋さんのどす。よければ、いかが?」
「……ありがと! 都さん、やっぱり上品~!」
その日、教室は久しぶりに全体で和やかに、笑い声が満ちた。
だが、鸞とあずさの間に流れる空気は、やはりどこか“特別”だった。
誰にも真似できないリズム、言葉、距離感。
それは、たとえ意識的に輪に入っても、変わらない。
――ふたりは、確かに“並んで”いた。
それぞれの言葉で、それぞれの存在で、
教室という世界の中に、新しい“中心”を築き始めていた。