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第13話 :あずさ、動き苦手どす



バスケットボールの授業が始まった。


「それじゃあ今日は、ドリブル練習とシュートを交互にやってみよう!」


先生の声が体育館に響き、生徒たちはそれぞれボールを手に取る。


「よっしゃ、やったろか!」


鸞はさっそく軽快にドリブルを始める。


「右手も左手も自在……! しかもリズム取るのうまっ!」


「体幹ブレてへんし、ステップも速っ……!」


「バスケ部かと思ったわ……」



そんな声を聞きながら、あずさは自分の前でバウンドするボールと格闘していた。


「……あれ? なんか上手く弾まへん……」


ドンッ。ボールが思わぬ方向に跳ねる。


「きゃっ!」


思わずボールを追いかけるが、体育館の床で足を滑らせそうになる。


「だ、大丈夫ですか!?」


深雪が駆け寄り、あずさの肘をそっと支えた。


「……ありがとうどす」



休憩時間、あずさは一人、体育館の壁にもたれかかって座っていた。


「うち、どうも……動くのが苦手どすな」


手に持ったタオルで額をぬぐいながら、小さく笑う。


「お嬢様育ちって、だいたい運動苦手やけど……うちは、ほんま典型かもしれまへん」



そのとき、背後から声がかかる。


「そんなこと言うたら、運動得意な貴族出身もおるやろ~?」


振り返ると、鸞が汗をかいたままの笑顔で立っていた。


「……鸞さん」


「見てたで。転びかけたとこ」


「恥ずかし……」


「恥ずかしがることあらへん。最初は誰でもそうや。うちかて最初はな、ドリブルしても指に当たって痛かったんやから」


「ほんまどすか?」


「ほんまほんま。小学生のときな。お父ちゃんに『へっぴり腰!』言われて、3日くらいふて寝したわ」



あずさは思わず笑ってしまった。


「……うち、上手くなれるやろか」


「なるなる! 得意とか苦手とかやなくてな、体育って“楽しんだもん勝ち”やで」


「楽しんだ……もん勝ち……」


「うん! うちは、あずささんと一緒に走ったり跳んだりできるの、めっちゃ嬉しいねん」



鸞の言葉は、あずさの胸の奥にすっと届いた。



その後、フリースローの時間。


「都さんも、一本入れてみて!」


「え、でもうち……」


「大丈夫、力抜いて!」


あずさはゴールを見上げ、ボールを構える。


「……いきます」


シュッ。ボールがゆっくりと弧を描いて、リングに向かう。


コーン。


ボールは見事にリングに当たって、跳ね上がって落ちた。



「惜しいっ!」


「でもフォームきれいやったで!」


「ほんま? うちでも、ちゃんと……?」


「うん、あとは距離感だけや! 次は入るって!」



あずさは笑った。


「うち、ちょっとだけ……楽しいかもって、思いました」


「それやそれや! そっからが始まりやで!」



体育の授業が終わるころには、あずさの頬には少しだけ赤みが差し、汗で額が光っていた。


だがその表情は、間違いなく晴れやかだった。



「得意不得意より、楽しんだ者勝ちや!」


鸞の言葉が、あずさの胸の奥に、静かに、けれど力強く灯り始めていた。


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