バスケットボールの授業が始まった。
「それじゃあ今日は、ドリブル練習とシュートを交互にやってみよう!」
先生の声が体育館に響き、生徒たちはそれぞれボールを手に取る。
「よっしゃ、やったろか!」
鸞はさっそく軽快にドリブルを始める。
「右手も左手も自在……! しかもリズム取るのうまっ!」
「体幹ブレてへんし、ステップも速っ……!」
「バスケ部かと思ったわ……」
そんな声を聞きながら、あずさは自分の前でバウンドするボールと格闘していた。
「……あれ? なんか上手く弾まへん……」
ドンッ。ボールが思わぬ方向に跳ねる。
「きゃっ!」
思わずボールを追いかけるが、体育館の床で足を滑らせそうになる。
「だ、大丈夫ですか!?」
深雪が駆け寄り、あずさの肘をそっと支えた。
「……ありがとうどす」
休憩時間、あずさは一人、体育館の壁にもたれかかって座っていた。
「うち、どうも……動くのが苦手どすな」
手に持ったタオルで額をぬぐいながら、小さく笑う。
「お嬢様育ちって、だいたい運動苦手やけど……うちは、ほんま典型かもしれまへん」
そのとき、背後から声がかかる。
「そんなこと言うたら、運動得意な貴族出身もおるやろ~?」
振り返ると、鸞が汗をかいたままの笑顔で立っていた。
「……鸞さん」
「見てたで。転びかけたとこ」
「恥ずかし……」
「恥ずかしがることあらへん。最初は誰でもそうや。うちかて最初はな、ドリブルしても指に当たって痛かったんやから」
「ほんまどすか?」
「ほんまほんま。小学生のときな。お父ちゃんに『へっぴり腰!』言われて、3日くらいふて寝したわ」
あずさは思わず笑ってしまった。
「……うち、上手くなれるやろか」
「なるなる! 得意とか苦手とかやなくてな、体育って“楽しんだもん勝ち”やで」
「楽しんだ……もん勝ち……」
「うん! うちは、あずささんと一緒に走ったり跳んだりできるの、めっちゃ嬉しいねん」
鸞の言葉は、あずさの胸の奥にすっと届いた。
その後、フリースローの時間。
「都さんも、一本入れてみて!」
「え、でもうち……」
「大丈夫、力抜いて!」
あずさはゴールを見上げ、ボールを構える。
「……いきます」
シュッ。ボールがゆっくりと弧を描いて、リングに向かう。
コーン。
ボールは見事にリングに当たって、跳ね上がって落ちた。
「惜しいっ!」
「でもフォームきれいやったで!」
「ほんま? うちでも、ちゃんと……?」
「うん、あとは距離感だけや! 次は入るって!」
あずさは笑った。
「うち、ちょっとだけ……楽しいかもって、思いました」
「それやそれや! そっからが始まりやで!」
体育の授業が終わるころには、あずさの頬には少しだけ赤みが差し、汗で額が光っていた。
だがその表情は、間違いなく晴れやかだった。
「得意不得意より、楽しんだ者勝ちや!」
鸞の言葉が、あずさの胸の奥に、静かに、けれど力強く灯り始めていた。