「今日は、いよいよ水泳の授業だぞー!」
先生の号令が響き渡る中、生徒たちは水着姿でプールサイドに集まっていた。
空は高く澄みわたり、まさに水泳日和。セミの声すらもどこか浮かれて聞こえる。
「はあぁ……日差しが強い……」
「でも、鸞さんのスク水姿、めっちゃ映えるな……!」
「背中の筋肉とかヤバい。スタイルも水着映えも完全に勝者の風格やん……」
一方、鸞はというと、プールの端で準備体操をしながら余裕の笑みを浮かべていた。
「うち、水泳は自信あるんよ。クロール、平泳ぎ、バタフライ、なんでもこい!」
「もはや海から来た系ヒロイン……」
都あずさも、上品に体操をこなしていたが、その表情はどこか曇っていた。
「都さん、浮かない顔してるけど……大丈夫?」
そう声をかけたのはクラス委員長の東條深雪だった。
「……実は、うち……泳げまへん」
「え?」
深雪が聞き返すより早く、先生の声が響いた。
「よーし、それじゃあまずは泳力確認! ビート板ありで25メートル泳いでみよう!」
深雪は慌ててあずさの手を取った。
「都さん、無理しないで。私が横でサポートするから!」
「おおきに……」
プールに入ったあずさは、冷たい水に肩をすくめながら、なんとかビート板を掴んだ。
しかし――
「……っ!?」
少し顔が水に沈んだだけで、あずさの体がビクンと反応した。
「ひゃ……っ、怖いっ……!」
足をばたつかせ、水をはね上げてしまう。
「都さん、大丈夫!? 呼吸、落ち着けて!」
深雪が声をかけるが、あずさはすぐにプールの縁にしがみついてしまった。
「……ごめんなさい……やっぱり、怖いどす……」
その様子を、少し離れた場所で見ていた鸞の表情が変わる。
「……そっか、あずささん、泳がれへんのやな」
だが次の瞬間、誰よりも速く25メートルを泳ぎ切ったのは鸞だった。
シュッ、シュッと軽やかに水を切る音。
流れるようなフォームに、周囲の生徒たちが目を奪われる。
「……まるで水の中の舞姫……」
「人魚か……? 女神か……?」
プールから上がった鸞の髪が濡れてきらきらと光り、まるで映画のワンシーンのようだった。
その姿を、あずさは黙って見つめていた。
(うちは……全然届いてへん)
胸の奥に、ぽたりと熱い雫が落ちるような感覚。
「泳げへんのは、恥じゃないよ」
声をかけてきたのは深雪だった。
「でも……」
「都さん、鸞さんを見て“すごい”って思ったでしょ?
だったら、それを目標にしていいと思う。追いかける価値、ある人だよ」
あずさはゆっくりとうなずいた。
「……せやな。うち、変わりたい。
せやから……泳げるようになりたいどす」
その日、帰り道。
夕焼け空の下、あずさはひとり決意を胸に歩いていた。
(うち、鸞さんと並んで泳げるようになりたいんどす)
そのまっすぐな願いが、やがて小さな挑戦へとつながっていく――