夏休みが明け、久しぶりの登校日。
制服に袖を通すだけで、身体に少し重みを感じる。
だが、教室は変わらず賑やかで、笑顔があふれていた。
「いや~、やっぱ学校ってええな!」
「休み中もグループチャット動いてたけど、やっぱ直接会うのが一番やな!」
「都さん、肌きれいすぎ……海行ったはずやのに焼けてへんやん!」
鸞もあずさも、いつものように仲良く登校し、いつものようにクラスで並んでいた。
だが、その日のあずさには、どこか小さな“違和感”があった。
(……なんやろ。鸞さんのこと、最近ずっと考えてまう)
夏の旅行、ナンパ騒動、焼けた砂浜、きらきらの海、笑い声――
全部が楽しくて、全部がまぶしくて、全部の中心に、あの人がいた。
「都さん、今日の髪型、変えた?」
「……え? あ、はい。少し巻いてみました」
「めっちゃ似合ってるやん。大人っぽくてええ感じ!」
鸞の笑顔に、胸がズキンと痛む。
(どうしよう。うち、今、変な気持ち抱いてへん?)
放課後、帰り道。
「なあ、あずささん。明日、映画観に行かへん? 海の時のお礼も兼ねて!」
「……え? 明日、どすか?」
「うん。近くのモールでやってるアクション映画、気になっててん」
「……あの、すみません。うち、明日は……その、用事があって……」
「そっか、また今度やな!」
鸞はまったく気にしていない様子で笑ったが、あずさは胸の奥にしこりのような罪悪感を抱えていた。
その夜、自室で窓の外を見ながら、あずさはひとりつぶやいた。
「……うちは、鸞さんと、どうなりたいんやろ……」
ふたりで過ごす日々が楽しくて、自然で、心地よくて。
でも、その“心地よさ”が、いまはむしろ怖かった。
翌日、学校。
いつものように鸞が隣に来て、いつものように声をかけてくれる。
「なあ、今日の体育のペア、うちとやんな?」
「……うち、今日は別の人と組みたいどす」
「えっ……」
鸞の笑顔が、ほんの一瞬、止まった。
「……そうなんや。わかった」
それだけを言って、鸞は静かに席に戻った。
クラスメイトたちの間に、微妙な空気が流れる。
(なんで、あんなこと言うたんやろ、うち……)
自分でもわからなかった。
ただ、心の奥に生まれていた“不安”が、言葉に出てしまっただけ。
(うちは……どうしたらええんやろ)
あずさの心には、はっきりしない想いと、言えなかった言葉が渦を巻いていた。
そして、その“揺れ”は、ふたりの関係を静かに変え始めていた。