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第18話 感情のすれ違いと雨の匂い

翌日も、そのまた翌日も――


あずさと鸞の距離は、ほんの少しずつ、けれど確かに開いていた。



「都さん、最近ちょっと元気ないよね」

「鸞さんと話す回数、減ってない?」

「ケンカ……してるようには見えへんけど……」


クラスメイトたちのささやきが、あずさの耳にも届いていた。


(……うちは、ちゃんと接してるつもりや)


でも、鸞の声に無意識に身構えてしまったり、笑顔が少しだけ引きつっていたり、そんな“細かな違い”は、親しい者ほど気づく。



昼休み。


教室の隅に座っていたあずさに、深雪がそっと声をかけた。


「都さん、大丈夫? 無理してない?」


「……大丈夫どす」


「ねえ、鸞さんのこと、避けてるつもりじゃなくても、たぶんあの子、気づいてると思う」


「……」


深雪の言葉は優しかった。

だからこそ、あずさの胸には、チクリとした痛みが残った。



放課後。校門前。


いつものように帰り支度をしていたあずさの元に、鸞がやってきた。


「なあ、ちょっとだけ、話せへん?」


「……はい」


ふたりは無言のまま並んで歩き始めた。

夕暮れの空に薄く雲が広がり、じきに降り出しそうな気配を感じさせる。



「うち、何かしてもうたんやろか」


鸞の声は、いつになく静かだった。


「前みたいに、あずささんと気軽に話せへん気がして……怖いんや」


「……そんなつもりは……なかったんどす」


「なら、なんで避けてるん?」


「うちは……」


足が止まる。


「うちは……ただ、自分の気持ちがようわからんようになって……」


「それは……うちとおって、しんどいってことなん?」


「違う、違うんどす……!」


あずさの声が震えた。


「鸞さんと一緒におると、楽しいし、嬉しいし、心が温かくなる。でも、それと同時に、苦しくもなってしまって……。その気持ちの正体が、ようわからへんのどす」



鸞は黙って聞いていた。

風が吹き抜け、あずさの長い髪がなびく。


「……それって、多分、恋やと思う」


「……え?」


「うちも、同じように感じてるから。  

だから、あずささんの気持ち、ちょっとは分かるつもりや」


あずさは、瞳を見開いたまま、言葉を失った。


「けど……恋って、うちには難しすぎる……」


「せやから、うちは無理に答えを求めへん。  

ただ、ひとつだけ言わせて」


鸞は、ほんの少しだけ距離を詰めて、柔らかく微笑んだ。


「うちは、あずささんと一緒にいたい。それだけや。  

恋でも、友情でも、言葉にせんでもええ。  

でも、この気持ちは……大事にしたいんよ」



その時、ポツリと雨が降り始めた。


ふたりは顔を上げ、空を見た。


「……やっぱ降ってきたな」


「傘……持ってへんどす」


「うちもや」


顔を見合わせて、ふたりはくすっと笑った。



そのまま、雨の中をゆっくりと歩き出す。


その距離は、もう少しだけ近くなっていた。



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