翌日も、そのまた翌日も――
あずさと鸞の距離は、ほんの少しずつ、けれど確かに開いていた。
「都さん、最近ちょっと元気ないよね」
「鸞さんと話す回数、減ってない?」
「ケンカ……してるようには見えへんけど……」
クラスメイトたちのささやきが、あずさの耳にも届いていた。
(……うちは、ちゃんと接してるつもりや)
でも、鸞の声に無意識に身構えてしまったり、笑顔が少しだけ引きつっていたり、そんな“細かな違い”は、親しい者ほど気づく。
昼休み。
教室の隅に座っていたあずさに、深雪がそっと声をかけた。
「都さん、大丈夫? 無理してない?」
「……大丈夫どす」
「ねえ、鸞さんのこと、避けてるつもりじゃなくても、たぶんあの子、気づいてると思う」
「……」
深雪の言葉は優しかった。
だからこそ、あずさの胸には、チクリとした痛みが残った。
放課後。校門前。
いつものように帰り支度をしていたあずさの元に、鸞がやってきた。
「なあ、ちょっとだけ、話せへん?」
「……はい」
ふたりは無言のまま並んで歩き始めた。
夕暮れの空に薄く雲が広がり、じきに降り出しそうな気配を感じさせる。
「うち、何かしてもうたんやろか」
鸞の声は、いつになく静かだった。
「前みたいに、あずささんと気軽に話せへん気がして……怖いんや」
「……そんなつもりは……なかったんどす」
「なら、なんで避けてるん?」
「うちは……」
足が止まる。
「うちは……ただ、自分の気持ちがようわからんようになって……」
「それは……うちとおって、しんどいってことなん?」
「違う、違うんどす……!」
あずさの声が震えた。
「鸞さんと一緒におると、楽しいし、嬉しいし、心が温かくなる。でも、それと同時に、苦しくもなってしまって……。その気持ちの正体が、ようわからへんのどす」
鸞は黙って聞いていた。
風が吹き抜け、あずさの長い髪がなびく。
「……それって、多分、恋やと思う」
「……え?」
「うちも、同じように感じてるから。
だから、あずささんの気持ち、ちょっとは分かるつもりや」
あずさは、瞳を見開いたまま、言葉を失った。
「けど……恋って、うちには難しすぎる……」
「せやから、うちは無理に答えを求めへん。
ただ、ひとつだけ言わせて」
鸞は、ほんの少しだけ距離を詰めて、柔らかく微笑んだ。
「うちは、あずささんと一緒にいたい。それだけや。
恋でも、友情でも、言葉にせんでもええ。
でも、この気持ちは……大事にしたいんよ」
その時、ポツリと雨が降り始めた。
ふたりは顔を上げ、空を見た。
「……やっぱ降ってきたな」
「傘……持ってへんどす」
「うちもや」
顔を見合わせて、ふたりはくすっと笑った。
そのまま、雨の中をゆっくりと歩き出す。
その距離は、もう少しだけ近くなっていた。