雨は、夜になっても止まなかった。
部屋の窓ガラスを細かく叩く雨音が、まるで心の奥底にたまったものを洗い流していくように、
あずさの胸に静かに響いていた。
あの日の会話から、何度も、鸞の言葉が頭をよぎる。
「うちは、あずささんと一緒にいたい。それだけや」
その言葉はあまりにもまっすぐで、あたたかくて。
だからこそ、怖かった。
(……うちは、何を恐れていたんやろ……)
気づいてしまえば簡単なことだった。
鸞の隣にいると、胸がぎゅっとなるのは、
一緒に笑い合うと嬉しくて、でもふとした瞬間に、
自分が“釣り合っていない”と感じてしまうから。
鸞は眩しすぎる。
見た目も、行動も、言葉も、全部がキラキラしていて。
そんな彼女と並んで歩く自分が、たまに心許なくなる。
(うちは、怖かってん。拒まれることが)
でも、鸞は言った。
“言葉にせんでもええ”
ただ“そばにいたい”と、そう言ってくれた。
それだけで、救われた気がした。
***
翌朝。
空はまだ灰色だったが、雨は上がっていた。
登校中、駅のホームで見かけた鸞は、いつも通り元気に挨拶してきた。
「おはよう、あずささん!」
「……おはようどす」
あずさは一度だけ深呼吸して、意を決して声を出した。
「……今日、放課後、少し話せますか?」
鸞は目を丸くし、すぐににっこり笑った。
「もちろん!」
***
放課後、屋上。
空はまだ鈍色だったが、風は心地よかった。
ふたり並んでフェンスにもたれかかり、しばらく沈黙が続いた。
「……改めて、謝りたかったんどす」
あずさの声は小さく、それでいて真剣だった。
「うちは、鸞さんと向き合うのが、怖くなってしもうた。
自分の気持ちがわからへんくて、不安で、それをぶつける形になって……」
「……うん」
鸞は静かにうなずく。
「あの、でも……昨日の言葉、すごく嬉しかったんどす」
あずさは手を胸に当てて、続けた。
「“そばにいたい”って言ってくれて……その言葉が、うちの心を軽くしてくれました」
「……よかった」
「うちは、まだようわからへん。
でも……これからも、隣にいてくれますか?」
「もちろんや。あずささんが迷うなら、一緒に迷ったる。
あずささんが立ち止まるなら、隣で待ったる。
そんで、走り出すときは、手を取って、一緒に行こな」
あずさの目に、涙が浮かんだ。
「……ありがとうどす」
「お礼なんていらへんよ。うちは、そうしたいだけやもん」
***
それからの時間は、不思議なほど穏やかだった。
クラスメイトたちにも、ふたりが再び並んで笑い合う姿が戻り、違和感はすっかり消えていた。
「また並んでる」
「やっぱりこの2人はこうじゃないとね!」
ふたりの関係が、“言葉にならない”ところで繋がっていることを、皆がなんとなく理解していた。
***
放課後、夕焼けが校舎を染める。
「なあ、今度の週末さ……うち、行きたいとこあるんやけど、付き合ってくれる?」
「どこどすか?」
「秘密や。でも、楽しいとこやで」
「ふふ……なら、喜んで」
夕日を背に、ふたりの影が長く伸びていた。
その距離は、もう迷いのない、確かなものだった。