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第19話 :涙のあとに、見えたもの



雨は、夜になっても止まなかった。


部屋の窓ガラスを細かく叩く雨音が、まるで心の奥底にたまったものを洗い流していくように、

あずさの胸に静かに響いていた。


あの日の会話から、何度も、鸞の言葉が頭をよぎる。


「うちは、あずささんと一緒にいたい。それだけや」


その言葉はあまりにもまっすぐで、あたたかくて。


だからこそ、怖かった。


(……うちは、何を恐れていたんやろ……)


気づいてしまえば簡単なことだった。


鸞の隣にいると、胸がぎゅっとなるのは、

一緒に笑い合うと嬉しくて、でもふとした瞬間に、

自分が“釣り合っていない”と感じてしまうから。


鸞は眩しすぎる。


見た目も、行動も、言葉も、全部がキラキラしていて。


そんな彼女と並んで歩く自分が、たまに心許なくなる。


(うちは、怖かってん。拒まれることが)


でも、鸞は言った。


“言葉にせんでもええ”


ただ“そばにいたい”と、そう言ってくれた。


それだけで、救われた気がした。



***



翌朝。


空はまだ灰色だったが、雨は上がっていた。


登校中、駅のホームで見かけた鸞は、いつも通り元気に挨拶してきた。


「おはよう、あずささん!」


「……おはようどす」


あずさは一度だけ深呼吸して、意を決して声を出した。


「……今日、放課後、少し話せますか?」


鸞は目を丸くし、すぐににっこり笑った。


「もちろん!」



***



放課後、屋上。


空はまだ鈍色だったが、風は心地よかった。


ふたり並んでフェンスにもたれかかり、しばらく沈黙が続いた。


「……改めて、謝りたかったんどす」


あずさの声は小さく、それでいて真剣だった。


「うちは、鸞さんと向き合うのが、怖くなってしもうた。

自分の気持ちがわからへんくて、不安で、それをぶつける形になって……」


「……うん」


鸞は静かにうなずく。


「あの、でも……昨日の言葉、すごく嬉しかったんどす」


あずさは手を胸に当てて、続けた。


「“そばにいたい”って言ってくれて……その言葉が、うちの心を軽くしてくれました」


「……よかった」


「うちは、まだようわからへん。

でも……これからも、隣にいてくれますか?」


「もちろんや。あずささんが迷うなら、一緒に迷ったる。

あずささんが立ち止まるなら、隣で待ったる。

そんで、走り出すときは、手を取って、一緒に行こな」


あずさの目に、涙が浮かんだ。


「……ありがとうどす」


「お礼なんていらへんよ。うちは、そうしたいだけやもん」



***



それからの時間は、不思議なほど穏やかだった。


クラスメイトたちにも、ふたりが再び並んで笑い合う姿が戻り、違和感はすっかり消えていた。


「また並んでる」


「やっぱりこの2人はこうじゃないとね!」


ふたりの関係が、“言葉にならない”ところで繋がっていることを、皆がなんとなく理解していた。



***



放課後、夕焼けが校舎を染める。


「なあ、今度の週末さ……うち、行きたいとこあるんやけど、付き合ってくれる?」


「どこどすか?」


「秘密や。でも、楽しいとこやで」


「ふふ……なら、喜んで」


夕日を背に、ふたりの影が長く伸びていた。


その距離は、もう迷いのない、確かなものだった。


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