その週末。
待ち合わせ場所は、駅前のロータリー。
あずさが到着すると、すでに鸞はベンチに座って待っていた。
ゆるく巻いた髪、白いブラウスに淡いピンクのスカート。
「あ……」
思わず声が漏れた。
「ん? あずささん、おはよ!」
「お、おはようどす。今日も……かわいいですね」
「えへへ、あずささんもやん! そのワンピ、めっちゃ似合ってるで!」
鸞の眩しい笑顔に、心臓がドキンと跳ねる。
(こんなん、ずるいわ……)
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電車に揺られて、向かったのは市街地から少し離れた丘の上。
「ここ、知ってる? 展望台と、ちっちゃな花畑があって、めっちゃきれいやねん」
「いえ……初めて来たどす」
駅からの坂道を登るうちに、町の喧騒が徐々に遠ざかっていく。
緑の香り、蝉の声、そしてすぐ隣を歩く足音。
(この静けさ、悪くないな)
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展望台にたどり着くと、眼下には広がる街並みと、うっすら霞んだ夏空。
そして、手すりの向こうに咲き広がる色とりどりの小さな花畑。
「……わぁ……」
あずさが思わず息を呑む。
「せやろ? ここな、知られてへんけど、穴場なんやで」
「ほんま、秘密の庭みたいや……」
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ベンチに腰かけて、ふたり並んで風に吹かれる。
「最近……うちは、いろんなこと考えました」
不意にあずさが口を開く。
「うち、今まで“誰かを好きになる”って、よう分からへんと思ってました。でも……鸞さんと過ごして、話して、笑って、泣いて……」
「うん……」
「やっぱり、これは……恋なんやと思うんどす」
鸞は少しだけ目を見開き、それから微笑んだ。
「……やっぱり、そうやったんやな」
「でも、まだうちは未熟で。自分の気持ち、うまく整理できひんし、うまく言葉にもできへんし……」
「大丈夫やで」
鸞はやさしく、あずさの手を取った。
「うちもな、すぐに“これが恋や!”って分かったわけちゃう。
でも、気づいたときにはもう、あずささんのことが、特別な人になっててん」
あずさはそっと、鸞の手を握り返す。
「うちは、不器用やけど……これからも、隣にいてくれますか?」
「もちろんや。うちは、何があっても、あずささんの味方やから」
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帰り道。
花畑をあとにしたふたりは、駅前のカフェでひと休み。
クリームソーダをひと口飲んで、鸞が笑った。
「なあ、これからもさ……誰にも言えへん“ふたりだけの場所”を、たくさん作っていかへん?」
「……ふふ。秘密の庭、秘密のカフェ……」
「秘密の約束も?」
「うん。ふたりだけの……特別な時間」
カラン、と氷がグラスの中で鳴る。
そして、ふたりは目を合わせ、また微笑んだ。
心と心が、ゆっくりと、確かに重なった気がした。
それはまだ、恋の入口。
でも、世界でたったひとつの、やさしい物語の始まりだった。