修学旅行当日の朝。東京駅の新幹線ホームは、遠足気分の女子高生たちで華やいでいた。
瓢及鸞はコロコロとキャリーケースを転がしながら、金髪を揺らして振り返る。
「おーい、あずささーん! 集合写真撮るで!」
「ほ、ほんまですか? ちょ、髪乱れてへんか確認だけ――」
都あずさは慌ててポーチを開き、鏡で前髪を整える。袴柄をアレンジした旅行用トートを肩に、いつものはんなりモードとは違う高揚感がにじんでいた。
クラスメイトの陽菜がスマホを構え、深雪が号令をかける。
「はい、3、2、1――どすえ★」
シャッター音と同時に、関西弁と京ことばと標準語が入り交じった歓声がホームに響く。
「ていうか鸞さん、それ寝間着ちゃう? パジャマ感すごいんやけど!」
「これは“エフォートレス英国スタイル”言うねん! 移動はラクが一番!」
「新幹線で優雅にクロワッサン食べそうやもんな」
「あずささんもめっちゃお嬢やん。トランクに家宝入っとる?」
「一口羊羹と緑茶ティーバッグどす」
「さすが京女!」
### ◆車内は即席お笑い劇場
N 700 系の車内に落ち着くやいなや、クラスの女子たちはお菓子交換タイム。早くも通路は修学旅行名物“歩く駄菓子屋”状態だ。
そんな中、陽菜がマイクのおもちゃを取り出した。
「特別企画! **関西弁講座 vs 京ことば講座** 開幕~!」
拍手喝采。急ごしらえの舞台に立たされたのはもちろん、鸞とあずさ。
「ほな、まずは日常会話編いっときましょか」
「ちょ、準備なしなんどすけど……!」
それでも二人は息ぴったり。
> **鸞(関西弁)**「あほちゃうか!」
> **あずさ(京ことば)**「あんじょうしとくれやす」
「語感がソフトすぎる!」
「そちらこそストレートすぎどす!」
車内は笑いの渦。先生が苦笑しつつ注意に来るが「車掌さんの英語アナウンスに合わせた異文化交流です!」と鸞が謎の理論武装で切り抜ける。
### ◆富士山とほか弁
窓の外に富士山が姿を現した頃、あずさはそっとお弁当包みを広げた。鱧の押し寿司、ちりめん山椒、だし巻き卵――京の香りの詰め合わせ。
「手作り!? うわ、料亭級!」
「うち、卵サンドやけど交換して!」
「ええですけど……鸞さんの卵サンド、マーマイト挟んであるやないですか!」
「British Power!」
あずさは困惑しながらも一口。「……意外といけるどす」
「せやろ!」
### ◆京都駅到着、そして――
正午前、列車は京都駅に滑り込む。コンコースを流れる三味線 BGM に、修学旅行ムードが一気に高まった。
深雪が点呼表を掲げて叫ぶ。
「全員いるわね! まずは清水寺コース、往復徒歩! 健脚組、覚悟して!」
「うそやん、キャリー転がして坂上るん!?」
「へっちゃらやで、うちラグビー帰りやから!」
「ラグビーは関係ないどす!」
笑いと悲鳴が入り混じる中、あずさはふと隣の鸞を見る。陽光に金髪がきらめき、青い瞳が期待に輝いている。
(この人と一緒なら、どんな坂道も楽しいんやろな)
そんな気持ちを胸に、あずさも歩き出した。
京都と大阪と神戸――二泊三日の旅は、今始まったばかりだ。