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第5話 新たな出会い



 舞踏会の喧騒の中、タニアはまた一つの目標を達成するために動き回っていた。ベアトリスを追い詰める準備が整いつつある今、心の中には緊張と高揚感が渦巻いていた。紅いドレスを纏う彼女は、すでに会場の注目の的となっており、その冷ややかな微笑みには、誰もが近づきがたい威厳が漂っていた。


その時だった。人々の喧騒の向こうから、低く落ち着いた声が聞こえてきた。


「素晴らしい装いですね、タニア様。」


タニアは振り返った。その声の主は、彼女が今まで一度も見たことのない青年だった。黒いスーツを身に纏い、鋭い目つきと端正な顔立ちを持つ彼は、まるで舞踏会の喧騒から切り離されたような静かな空気をまとっていた。


「どなたかしら?失礼ですが、お名前を伺っても?」

タニアは冷静さを保ちながら、微笑みで応じた。


「アレクシス・フォードと申します。この場では無名の一市民に過ぎませんが……あなたのような美しい方には、どうしても挨拶したくなってしまいました。」

彼は軽く頭を下げた。その仕草は礼儀正しく洗練されているが、どこか挑発的な印象をも与える。


「そうですか。ですが、私にはそのような甘い言葉を信じる余裕はありませんの。」

タニアは静かにグラスを傾け、距離を保つような態度を取った。それでも、彼女の目にはわずかな興味の色が浮かんでいた。


「それは残念だ。ですが、あなたがこの舞踏会でただ美しさを誇るためだけにいるわけではないことを、私は知っています。」

アレクシスの言葉は穏やかだが、その中には何かを見透かしたような響きがあった。


アレクシスの謎めいた振る舞い


タニアは一瞬息を呑んだが、それを悟られることなく微笑みを保った。彼の言葉には何か特別な意味が込められているようだった。彼が何を知っているのか、あるいは何を推測しているのかを見極める必要があった。


「面白いことをおっしゃいますのね、アレクシス様。でも、私が何をしていると言うのかしら?」

タニアの声には、少しの挑発と探るような鋭さが含まれていた。


アレクシスは一歩前に進み、彼女とほとんど視線がぶつかる距離まで近づいた。彼の冷たい微笑みと鋭い瞳が、タニアの内面を覗き込むように感じられる。


「それは、あなた自身の秘密です。ですが、私の直感は、あなたがただの観客ではないと告げている。」

彼の言葉に、タニアは心の中で警戒の鐘を鳴らした。


「この男……何者?」


タニアが次に口を開こうとしたその瞬間、アレクシスはさらに言葉を重ねた。

「私はただ、あなたの知性と行動力に感銘を受けていると言いたいだけです。どうか気を悪くしないでください。」


その曖昧な言葉にタニアは困惑しつつも、軽く会釈して話を切り上げることにした。この場で深入りするのは危険だと判断したのだ。


「感謝いたしますわ、アレクシス様。それではまたどこかでお会いしましょう。」

タニアは背を向け、舞踏会の人混みの中に消えた。しかし、彼女の心には引っかかりが残っていた。


背後から感じる視線


その後も舞踏会は続いたが、タニアはふとした瞬間にアレクシスの視線を感じた。遠くから彼が自分を観察しているのだ。それは無礼ではないものの、どこか妙に鋭く、彼の目がただの好奇心以上のものを含んでいるように思えた。


「この男……私の行動を監視しているつもり?」

タニアは内心でそう呟きながらも、表情には一切出さなかった。彼女は復讐の計画に集中しなければならないが、この謎の男が計画の障害になる可能性を捨てきれなかった。


紅いドレスを纏い、会場をゆっくりと歩くタニアの姿は、多くの人々の目を引いていたが、その中でアレクシスの視線だけは異質に感じられた。


新たな駒、それとも障害か


タニアが舞踏会を後にする直前、アレクシスが再び彼女に近づいてきた。

「タニア様、この美しい夜をどうか忘れないでください。」

そう言って彼が差し出したのは、シンプルな銀のブローチだった。美しく磨かれたそれは、どこか意味深な輝きを放っている。


「これは……?」

タニアはそれを受け取らず、ただ問いかけた。


「贈り物です。ただ、これが必要になる時が来るかもしれません。」

アレクシスはそれ以上何も言わず、会釈だけして去っていった。


ブローチを見つめながら、タニアは彼の真意を測りかねていた。彼は友か、敵か。それを見極めるには、もう少し時間が必要だった。


「あなたが何を知っているのか、必ず突き止めてみせる。」

タニアはそう心に誓いながら、会場を後にした。




このセクションでは、タニアとアレクシスの初対面が描かれています。アレクシスの洗練された態度と謎めいた言葉は、タニアに警戒心と興味を同時に抱かせます。彼が友なのか敵なのかは曖昧なまま、物語の緊張感を高めています。この後、アレクシスがどのようにタニアの復讐計画に関わるのかが読者の興味を引き付ける要素となります。



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