タニア・ローズウッドは、自室の書斎に広げられた書類の山を見つめていた。その中には、次なる復讐の標的として選んだアルバート男爵に関する情報が整理されている。アルバート男爵――彼はローズウッド家が失脚した際、いち早く手のひらを返し、裏切り者として父を公然と非難した人物だった。
「次は、あなたの番よ。」
タニアは紅茶のカップを置き、静かに呟いた。舞踏会での成功を踏まえ、次の計画はさらに精密に練る必要がある。ベアトリスを追い詰めた以上、敵対者たちは警戒心を強めているはずだからだ。
アルバート男爵の背景
アルバート男爵は、ローズウッド家失脚の直後に自分の地位を固めた一人だった。かつては父の友人でありながら、権力闘争の中で手を組むべき相手を選び、タニアの家族を見捨てた。
「裏切り者には罰を――それが公平というものよ。」
タニアはそう思いながら、彼の財務記録を見つめた。その中には、明らかに不自然な資金移動があった。
アルバート男爵は、政界で影響力を持つ一方で、事業にも手を広げている。だが、その多くが違法取引を伴うものであり、特に労働力の不正な調達や資金洗浄に関与しているという噂が絶えなかった。
タニアは、この情報を基に男爵の弱点を突くための準備を始めた。
協力者との作戦会議
タニアは、信頼する協力者リゼットを自室に呼び寄せた。リゼットは情報収集のスペシャリストであり、彼女の協力なしには今回の計画も成り立たない。
「アルバート男爵についての調査はどう?」
タニアが尋ねると、リゼットは頷きながら分厚い書類を机の上に置いた。
「男爵が運営している複数の事業で、不正が行われている証拠を掴みました。特にこの貿易会社は、国外の労働者を搾取して利益を得ています。契約内容を確認しましたが、酷い条件で働かせています。」
リゼットの説明を聞いたタニアは、冷たい目で資料をめくった。
「これなら、彼を公然と糾弾するのに十分な証拠になるわね。」
「ええ。ただし、男爵は警戒心が強いので、どのように証拠を公表するかが重要です。」
リゼットの言葉に、タニアは一瞬考え込んだが、すぐに微笑みを浮かべた。
「それなら舞踏会で暴露するのがいいわ。社交界の場で、皆の注目を浴びる中で発表すれば、彼の評判は一気に崩れる。」
その決意にリゼットは頷き、次の行動について具体的な話し合いを始めた。
アレクシスの影
計画を進める中、タニアの中には不安が少しずつ膨らんでいた。それは、謎の青年アレクシス・フォードの存在によるものだった。彼はタニアの行動を見透かすような言葉を投げかけ、何を知っているのか、何を考えているのかを一切明かさない。
「彼は敵なのかしら、それとも――」
タニアは書類から目を離し、窓の外を見つめた。彼女の計画において、誰かに足元を掬われることは絶対に避けなければならない。
アルバート男爵への接触
タニアは次の舞踏会でアルバート男爵と直接対峙するため、慎重に準備を進めた。舞踏会当日、彼女は再び紅いドレスを纏い、堂々と会場に姿を現した。その姿は周囲の注目を集め、彼女の美貌と気品が再び人々を魅了した。
男爵は会場の一角で談笑していたが、タニアが近づくと、その視線がタニアに向けられた。
「タニア様、噂には聞いていましたが、あなたは本当に美しい。」
男爵が言葉をかけると、タニアは微笑みながら応じた。
「ありがとうございます、男爵様。今日は少しお話ししたいことがありまして。」
「私と?それは光栄です。」
タニアは男爵を会場の隅に誘導し、静かに話を始めた。
「男爵様、私は最近、貴方の事業に興味を持っております。特に、貿易会社での素晴らしい成果には感銘を受けました。」
彼女の言葉に、男爵は得意げに頷いた。
「そうですとも。私の会社は国内外で成功を収めています。」
「ただ、一つ気になることがありますの。少し調べてみたのですが、貴方の契約条件について、不思議な点が見受けられました。」
タニアが言葉を続けると、男爵の顔がわずかに強張った。
「おや、タニア様は随分と好奇心旺盛ですな。」
男爵は笑顔を保ちながらも、その目には警戒の色が浮かんでいた。
復讐の始動
タニアはその場で全てを暴露するのではなく、あくまで男爵に疑念を植え付ける形で話を終えた。彼を油断させるためには、焦らず計画を進める必要がある。
その夜、タニアは再びリゼットと連絡を取り、次の一手を確認した。男爵の取引記録や契約書をさらに調査し、舞踏会で決定的な証拠を公開する準備を進める。
「アルバート男爵も、これで終わりよ。」
タニアは紅いドレスを脱ぎながら、静かに呟いた。その目には冷たい決意が宿っていた。