夜の静けさが、タニア・ローズウッドの邸宅を包み込んでいた。書斎に灯るランプの明かりだけが、闇を和らげている。机の上には散乱した書類や記録が広がり、彼女の復讐の計画が緻密に進行していることを物語っていた。
だが、その計画を思い描きながらも、タニアの心はざわついていた。ここ最近、彼女の中で計り知れない不安と疑念を引き起こしている存在――アレクシス・フォード。彼が現れて以来、タニアの心の平穏は揺らぎ続けている。
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アレクシスとの奇妙な関係
舞踏会で初めて彼と出会った時のことを思い出す。タニアに対するアレクシスの視線は、ただの社交辞令や好奇心とは違っていた。それは、彼女を見透かすような、鋭くも柔らかなものであった。
「あなたがただの観客でないことは分かります。」
彼が言ったその言葉は、タニアの心に深く刺さった。彼は自分の計画に気づいているのだろうか?それとも、単なる偶然の一言だったのか?どちらにせよ、彼の存在がタニアを警戒させると同時に、奇妙な興味を抱かせたことは否定できない。
アレクシスは再びタニアの前に現れるようになった。特に用があるわけでもなく、まるで友人のように訪れ、彼女に穏やかに語りかける。そのたびに、彼女は彼の意図を探ろうとするが、彼は何も明らかにしない。
「タニア様、最近少しお疲れのようですね。休む時間を取らないと、体を壊しますよ。」
彼の穏やかな声が思い出される。その優しさが本物か、それとも計算されたものか、タニアには判断がつかなかった。
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心の中の葛藤
タニアはペンを置き、窓の外を見つめた。復讐にすべてを捧げると誓ったはずの自分が、なぜアレクシスの存在に心を乱されているのか理解できない。
「私は何をしているの……。」
彼女は小さく呟いた。母の形見である紅いドレスを思い出し、それを指先でそっと撫でる。このドレスは彼女にとって復讐の象徴であり、彼女を支える心の柱だった。
「私は復讐のためにここにいるの。感情に流されるわけにはいかない。」
タニアは自分にそう言い聞かせた。だが、アレクシスと話すたびに彼の言葉が頭にこびりついて離れない。彼の優しさと洞察力は、彼女にとって未知のものであり、それが彼女をさらに混乱させていた。
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侍女マリアとの会話
タニアは、信頼する侍女マリアにこの感情を打ち明けるべきか迷った。長年タニアに仕えてきた彼女は、タニアのことを誰よりも理解している存在だった。
ある夜、タニアは書斎で紅茶を飲みながら、そっとマリアを呼び寄せた。
「マリア、少し話を聞いてほしいの。」
「もちろんです、タニア様。どうされたのですか?」
マリアは穏やかな笑顔で答えた。
「最近、アレクシスという男性が私に近づいてきているわ。彼の態度が気になるの。私の計画を知っているのではないかと思うと不安で……でも、なぜか彼の言葉に心が揺れてしまう。」
タニアは自分でも驚くほど素直にその感情を口にしていた。
マリアは少し考え込みながら言葉を選んだ。
「アレクシス様がどのような意図でタニア様に近づいているのかは分かりませんが……お気持ちが揺れるのは、タニア様が人としての感情をお持ちだからです。それは恥ずべきことではありません。」
「でも、私は復讐を果たさなければならないの。それが私のすべてだから。」
タニアの声には強い決意が込められていた。
「そうですね。ただ、その道を進む中で、人を信じることも必要になるかもしれません。アレクシス様が敵なのか味方なのかを見極めるのも、タニア様の強さです。」
マリアの言葉は穏やかだったが、その中には真実が含まれていた。
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決意を新たに
タニアはマリアとの会話を通じて、自分の迷いを整理することができた。アレクシスに対する興味が芽生えたのは事実だが、それに振り回されるわけにはいかない。彼の真意を見極めるまでは、彼を信用することも拒絶することもできない。
「アレクシス……あなたが何者であれ、私は目的を見失うことはない。」
タニアは静かにそう呟き、机の上の書類を手に取った。次なる標的、アルバート男爵への復讐を進める準備に集中しなければならない。
彼女は再び紅いドレスを思い描いた。それは復讐を象徴するだけでなく、彼女の覚悟そのものだった。どんな困難があろうと、彼女の心は揺るがない――そう自分に言い聞かせるように。
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