舞踏会が終わった夜、タニア・ローズウッドは自室の窓辺に立っていた。月明かりが紅いドレスに反射し、彼女の姿を優美に照らしている。復讐を果たし、すべてが終わったはずなのに、胸の奥には何かが引っかかっていた。その原因を彼女自身も理解していた。それは、アレクシス・フォードの存在だった。
彼は自分の敵であるフォード家の人間でありながら、タニアを幾度も助けてきた。そして彼女に対して抱く罪の意識を、行動で償おうとしてきた。しかし、タニアは彼を完全に許すことができないでいた。その一方で、彼の存在が彼女の心を揺さぶり続けていることも否定できなかった。
「このままでは前に進めない。」
タニアは自らにそう言い聞かせるように呟いた。そして、アレクシスに会い、すべてに決着をつける決意を固めた。
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再会の場
タニアはリゼットを通じて、アレクシスに面会を申し込んだ。場所は、舞踏会が行われた邸宅の中庭。静かな夜風が心地よく、月明かりが一面の庭を照らしていた。
アレクシスは約束の時間に現れた。彼はいつもの落ち着いた様子でタニアの前に立ち、優雅に一礼した。
「タニア様、お呼びいただき光栄です。何か私にお話しがあるのですね。」
タニアは彼の顔をじっと見つめた。その瞳には、怒りも憎しみもなく、ただ真実を探ろうとする強い意志が宿っていた。
「ええ、あなたにどうしても伝えたいことがあります。」
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アレクシスの告白
タニアは静かに話を切り出した。
「あなたはフォード家の一員として、私の家族を陥れた一族に属しているわ。けれど、何度も私を助けてくれた。それが何のためなのか、正直に教えてほしい。」
アレクシスはしばらく黙っていたが、やがて深く息をつき、口を開いた。
「私は、父の罪を償うために行動してきました。そして、あなたを助けることが、私にできる唯一の償いだと思ったのです。」
彼の声には後悔と誠実さが滲んでいた。タニアはその言葉をじっと聞きながら、次の問いを投げかけた。
「償いだけのために、ここまでしてくれたの?私がどんな人間かも知らずに?」
アレクシスは少しだけ微笑みを浮かべた。
「最初はそうでした。でも、あなたと接するうちに、私はあなた自身に惹かれていったのです。あなたの強さ、美しさ、そして決意。全てが私の心を動かしました。」
その告白に、タニアの胸が僅かに痛んだ。彼が真剣であることは分かっていたが、それでも彼の存在を完全に受け入れることはできなかった。
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タニアの決意
タニアは静かに頷き、アレクシスを真っ直ぐに見つめた。
「あなたの言葉に嘘はないのでしょうね。でも、私の中でフォード家に対する怒りが完全に消えたわけではないの。」
アレクシスはその言葉を受け入れるように頷き、答えた。
「それは当然のことです。私自身、その怒りを否定することはできません。ただ、あなたが新しい人生を歩むために、少しでもその重荷を軽くできればと願っています。」
タニアはその言葉を聞いて、深く息をついた。そして、口を開いた。
「あなたを許します、アレクシス。フォード家の人間としてではなく、あなた自身の行動を見ての判断です。でも……それだけよ。」
アレクシスは微笑みを浮かべながらも、どこか寂しそうに見えた。
「ありがとうございます。あなたのその言葉だけで十分です。」
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別れの瞬間
タニアは紅いドレスの裾を軽く掴み、静かに頭を下げた。
「これで、私は前に進むことができます。あなたも、自分の人生を歩んでください。」
アレクシスは最後に一歩近づき、低い声で言った。
「あなたが幸せになることを、心から願っています。それが、私が最後に望むことです。」
タニアはその言葉を胸に刻み込みながらも、表情に感情を浮かべることはなかった。彼女は背を向け、月明かりの下を静かに歩き始めた。振り返ることなく、ただ前を向いて歩く。その姿は、彼女が過去から完全に決別しようとしていることを示していた。
アレクシスはその背中を見送りながら、小さく呟いた。
「さようなら、タニア様……。」
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心の解放
タニアが自室に戻った頃には、空が徐々に白み始めていた。彼女は窓辺に立ち、静かに夜明けを見つめていた。これまで自分を支えてきた復讐心が薄れ、代わりに新しい未来への期待が芽生えているのを感じた。
「許すことがこんなに難しいなんてね。」
タニアはそう呟きながらも、自分の選択に後悔はなかった。
紅いドレスをそっと脱ぎながら、彼女は小さく微笑んだ。これからの人生は、自分自身の手で切り開いていくものだと、改めて心に誓った。