――王都・東区、旧聖堂跡地下。
禁呪の魔力が膨張していた。かつて神の名のもとに信仰の場であったその場所は、今や呪詛と反転術式の渦が支配する最深域となっている。
「術式、残り三刻で完成……。エリシア・フローレスが動かなければ、それでいい」
黒衣の少年、“十四番目”は、呟くようにそう言った。
傍らには、白い仮面の男が控えている。
「“十三番目”様は、まだ……?」
「彼女の心の迷いが、封印の綻びを押し広げている。……哀れなものだな。かつて“正義”を信じた少女の、行き着いた先がこの欺瞞だとは」
封印装置のコアに揺れる影。その奥で、十三番目はまだ“夢”の中にいる。
ただし、それが“覚醒”に至るまで、もう時間は残されていない。
◆
一方、ギルド本部・地下演習場。
「この任務は、君たち《灰帯》三人に与えられた、最初で最後の試験になるかもしれません」
エリシアの声に、ライオ、ティナ、リゼルの三人は唾を飲み込んだ。
「東区旧聖堂――禁術の中枢を探る。君たちは陽動兼補助。私は深部に向かう」
「ちょ、ちょっと待ってください! 主任は一人で行く気なんですか!?」
ティナが叫んだ。
エリシアは微笑んで、首を振る。
「私は、“鍵”です。……彼らはそれを開けるために、私を必要とする。でも、君たちは“新しい扉”になる」
リゼルが拳を握った。
「俺たちが、主任の未来を守ります。……だって、あんなに強い人が、こんなに寂しそうな顔をしてるのは、間違ってるから」
ライオが大剣を背負い直す。
「俺も戦います。“十三”も“十四”も、“十五”だろうが! 主任が立ち止まらないために!」
ティナは、涙をこらえた笑顔で叫んだ。
「私、主任が“受付嬢”だった日々、ずっと支えてあげたかったよ!」
その言葉に、エリシアは一瞬、胸を衝かれる。
――私は、誰かに“支えられる”べき存在になっていたのか?
◆
夜、旧聖堂に突入した四人。
陽動組の新人たちは、強化された亡骸兵と交戦しながらも、確実に前進していた。ここ数週間、毎日ボロボロになるまで、エリシアと訓練した成果が出ていた。
「こっちの方が数が多いってのは……聞いてないぞぉぉぉぉ!!」
「文句言わない! 撃つよ!! 《雷鎖裂断》!!」
「リゼル、ティナの援護を!」
「っ、わかってる……でも、なんでだろう……こんなに怖いのに、心が震える……!」
――まるで“本物”の冒険者みたいだ。
その頃、エリシアはすでに最深部へ到達していた。
対峙する、“十四番目”。
「ようこそ、鍵の少女。今宵、君の罪は終焉を迎える」
「罪を問うならば、まずは貴様自身の問いに答えろ。《十三》を操り、死者の魂を売り渡したのは誰だ?」
「違うな。私たちは“真実”を取り戻すために、君の偽りの世界を壊しに来た」
十四番目が印を組む。瞬間、封印の陣が歪み、十三番目の“影”が開眼した。
「エリシア……君は、僕を殺した。あの夜、“正義”を信じて。だがその正義は、どこへ行った?」
亡霊のような問いかけ。エリシアの足が、一瞬止まる。
だが、彼女は剣を抜いた。ギルド徽章の刻まれた、銀の短剣。
「私は、あの夜、私の信じるものを選んだ。……そして今も、それは変わっていない」
◆
戦闘は苛烈を極めた。新人たちは命を燃やし、支え合いながら前線を維持し、エリシアは、己のすべてを懸けて、十三と十四を封じる術を放つ。
そして、最後の瞬間――
「主任、後ろッ!!」
ライオが間に入り、十四の呪符の刃を受け止めた。
その刹那、エリシアの叫びが響いた。
「――《時環断章》、発動」
空間が、凍った。
エリシアの特殊能力。時を切断する禁術。彼女自身の命を対価にしてでも、時の連鎖を断ち切る。
だが、それは彼女の“最期”ではなかった。
なぜなら、ティナが――彼女の魔術で、呪いの系統を“相殺”していたのだ。
一人一人は弱くとも、三人のポテンシャルはアリシアと同等であった。
才能がある。彼女は初めて会った時にそれを見抜いていた。自分の師がそうであったように。
◆
夜明け。
旧聖堂の地下は崩落し、十三と十四は再封印された。ギルド上層部もまた、その責任の一部を問われる形で再編が決まった。
ライオたちは、《灰帯》から正式な特務所属として昇格した。
そして、受付嬢エリシアは――
「……今日も、冒険者たちの一歩を見送る役目。変わらないですよ」
と、いつもの笑顔を浮かべながら、ギルドカウンターに立っていた。
◆
「エリシア……君の正義が、世界を救った。……だが、僕らの正義も、きっといつか――」
――《続くかもしれない》
それが、この物語の終わり。
そして、誰かの始まり。
【受付嬢エリシア・フローレス、これにて業務完了。次の依頼、お待ちしております】