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第4話 鍵が開く音

 ――王都・東区、旧聖堂跡地下。


 禁呪の魔力が膨張していた。かつて神の名のもとに信仰の場であったその場所は、今や呪詛と反転術式の渦が支配する最深域となっている。


「術式、残り三刻で完成……。エリシア・フローレスが動かなければ、それでいい」


 黒衣の少年、“十四番目”は、呟くようにそう言った。


 傍らには、白い仮面の男が控えている。


「“十三番目”様は、まだ……?」


「彼女の心の迷いが、封印の綻びを押し広げている。……哀れなものだな。かつて“正義”を信じた少女の、行き着いた先がこの欺瞞だとは」


 封印装置のコアに揺れる影。その奥で、十三番目はまだ“夢”の中にいる。


 ただし、それが“覚醒”に至るまで、もう時間は残されていない。







 一方、ギルド本部・地下演習場。


「この任務は、君たち《灰帯》三人に与えられた、最初で最後の試験になるかもしれません」


 エリシアの声に、ライオ、ティナ、リゼルの三人は唾を飲み込んだ。


「東区旧聖堂――禁術の中枢を探る。君たちは陽動兼補助。私は深部に向かう」


「ちょ、ちょっと待ってください! 主任は一人で行く気なんですか!?」


 ティナが叫んだ。


 エリシアは微笑んで、首を振る。


「私は、“鍵”です。……彼らはそれを開けるために、私を必要とする。でも、君たちは“新しい扉”になる」


 リゼルが拳を握った。


「俺たちが、主任の未来を守ります。……だって、あんなに強い人が、こんなに寂しそうな顔をしてるのは、間違ってるから」


 ライオが大剣を背負い直す。


「俺も戦います。“十三”も“十四”も、“十五”だろうが! 主任が立ち止まらないために!」


 ティナは、涙をこらえた笑顔で叫んだ。


「私、主任が“受付嬢”だった日々、ずっと支えてあげたかったよ!」


 その言葉に、エリシアは一瞬、胸を衝かれる。


 ――私は、誰かに“支えられる”べき存在になっていたのか?







 夜、旧聖堂に突入した四人。


 陽動組の新人たちは、強化された亡骸兵と交戦しながらも、確実に前進していた。ここ数週間、毎日ボロボロになるまで、エリシアと訓練した成果が出ていた。


「こっちの方が数が多いってのは……聞いてないぞぉぉぉぉ!!」


 「文句言わない! 撃つよ!! 《雷鎖裂断》!!」


「リゼル、ティナの援護を!」


「っ、わかってる……でも、なんでだろう……こんなに怖いのに、心が震える……!」


 ――まるで“本物”の冒険者みたいだ。


 その頃、エリシアはすでに最深部へ到達していた。


 対峙する、“十四番目”。


「ようこそ、鍵の少女。今宵、君の罪は終焉を迎える」


「罪を問うならば、まずは貴様自身の問いに答えろ。《十三》を操り、死者の魂を売り渡したのは誰だ?」


「違うな。私たちは“真実”を取り戻すために、君の偽りの世界を壊しに来た」


 十四番目が印を組む。瞬間、封印の陣が歪み、十三番目の“影”が開眼した。


「エリシア……君は、僕を殺した。あの夜、“正義”を信じて。だがその正義は、どこへ行った?」


 亡霊のような問いかけ。エリシアの足が、一瞬止まる。


 だが、彼女は剣を抜いた。ギルド徽章の刻まれた、銀の短剣。


 「私は、あの夜、私の信じるものを選んだ。……そして今も、それは変わっていない」







 戦闘は苛烈を極めた。新人たちは命を燃やし、支え合いながら前線を維持し、エリシアは、己のすべてを懸けて、十三と十四を封じる術を放つ。


 そして、最後の瞬間――


「主任、後ろッ!!」


 ライオが間に入り、十四の呪符の刃を受け止めた。


 その刹那、エリシアの叫びが響いた。


「――《時環断章》、発動」


 空間が、凍った。


 エリシアの特殊能力。時を切断する禁術。彼女自身の命を対価にしてでも、時の連鎖を断ち切る。


 だが、それは彼女の“最期”ではなかった。


 なぜなら、ティナが――彼女の魔術で、呪いの系統を“相殺”していたのだ。


 一人一人は弱くとも、三人のポテンシャルはアリシアと同等であった。


 才能がある。彼女は初めて会った時にそれを見抜いていた。自分の師がそうであったように。




 夜明け。


 旧聖堂の地下は崩落し、十三と十四は再封印された。ギルド上層部もまた、その責任の一部を問われる形で再編が決まった。


 ライオたちは、《灰帯》から正式な特務所属として昇格した。


 そして、受付嬢エリシアは――


「……今日も、冒険者たちの一歩を見送る役目。変わらないですよ」


 と、いつもの笑顔を浮かべながら、ギルドカウンターに立っていた。







「エリシア……君の正義が、世界を救った。……だが、僕らの正義も、きっといつか――」


 ――《続くかもしれない》


 それが、この物語の終わり。


 そして、誰かの始まり。


【受付嬢エリシア・フローレス、これにて業務完了。次の依頼、お待ちしております】



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