ふすまが開いて和也が現れた。「おやじ、遅くなった。おい、お前たち、どうしたんだ?這いつくばって。朱良に蘭と蓮か。みんなそろってるなんて珍しいな。」
「お前が来んから、大変なことになっとるぞ」と正一。
「なら止めてくれよ、おやじ」と和也。
「わしはもう隠居しとるからな」と正一。
「しかたねえな。令子、麻里ちゃん、ちゃんと座ってくれ」と和也。「どういう話になってるんだ。弘樹を探しにきただけで、なぜ令子が泣かなきゃならんのだ。」
「当主の代理として話を聞いていただけです」と朱良。「もう話は終わりましたから、この二人を連れてお引き取り下さい。」
「何を威張ってるんだ。当主当主って、弘樹はただのガキだぞ」と和也。「その代理だからって、何をそんなにふんぞり返ってるんだ。」
「あなたが悪いのでしょう。あなたがこの道場を放り出して逃げたりするから、私が代わりにここに座っているだけです」と朱良。
「俺にも人生があるからな。これも修行のためだ」と和也。
「さぞかし強くなられたのでしょうね」と朱良。
「その話はまた別の機会にな」と和也。
「ところで、弘樹が帰ってきたら、こちらに引き取らせてもらいます。御家の環境は我が当主にふさわしいとは言えませんので」と朱良。
「それはできないな。だれがあいつの親になるんだ。あのメンヘラ女か?」と和也。
「私たちが責任を持ってお世話をします」と朱良。
「何いってるんだ、お前たちは子供だろう」と朱良。
「身勝手で無責任な大人より百倍ましです。そもそも浮気にうつつを抜かして鍛錬をおろそかにしていたのは誰ですか。そのせいで私に負けて、やけになって道場と家族を捨てて逃げ出したのでしょう。修行のためだなんて笑わせます。ギスギスした駆け落ち家庭に弘樹を置いておけません」と朱良。
「そもそも弘樹を追い出そうとしたのはお前たちだろう。色気づいたお前たちが、弘樹が風呂を覗いたとか言って嫌がってたじゃねえか。かわいそうだから連れて行ってやったんだ。お前たちより令子と麻里ちゃんが、かわいがってくれるからな」と和也。
「あれは誤解だったのよ。あの後、犯人がわかって……。私たち、ちゃんと謝るつもりよ」と朱良。
「誰がお前たちの裸なんか見たがるんだよ。しかも腰抜けの弘樹にそんな度胸はないよ。それに姉の風呂なんて覗くわけないだろ、バーカ」と和也。
「え、何ですって?」と令子。「弘樹君と朱良さんは姉弟ってこと!」
「何だ聞いてなかったのか。朱良と蓮、蘭は俺の娘だよ。前妻との間の」と和也。
「あんたらは家族のケンカに巻き込まれただけじゃ。そんなに深刻に考えんでもええよ。この子たちは大事な兄弟を取られて怒っとるだけじゃ」と正一。
「そんな……」と麻里。「ごめんなさい、事情を知らなくて。」
「何ブラコンこじらせてんだよ、お前たちは」と和也。
「和也、たまには弘樹を連れてきてやれ」と正一。
「わかったよ」と和也。
「食事にしよう。ばあさんが用意しとるはずじゃ」と正一が立ち上がった。