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第8話 食事

 令子と麻里が案内された部屋に入ると、大きな座卓に料理が並べられていた。


 祖母の妙が麻里と朱良に言った。「あんたたち女の子はこちらへお座り。酒を飲む大人はあっちに座らせるから。」


 会話は弾まなかった。令子はいたたまれなくて、文字通り食事がのどを通らなかった。蓮と蘭は黙々と食べている。


 妙が言った。「麻里ちゃん、いい体しとるのう。よほどしっかり稽古しとるんじゃろ。」


「いいえ、私なんて大したことなくて……」麻里は一番聞かれたくないことを聞かれて泣きそうになった。


「いいや、大したもんじゃ」と妙。


「でも、私、蓮さんに手も足も出なくて……」と麻里。


「おや、蓮と稽古したのかい。それは大したもんじゃ。勝てなんだのは当然じゃから気にせんでええ。この子たちは特別じゃから」と妙。


「私もここで稽古すれば強くなれるでしょうか?」と麻里。


「門外のものには何も教えられない」と朱良。「さっき蓮が技を見せたそうだけど、あれは特別だから。もう二度とないわ。」


「そう、残念だわ」と麻里。


「そんなに知りたきゃ、あんたの義父に聞けばいいでしょ。ここの元師範なんだから」と朱良。


「そうね。今度頼んでみるわ」と麻里。


「ちょっとぐらい教えてあげてもええじゃろ」と妙。


「私なんかでも?」と麻里。


「お前は私の孫なんだよ。当然じゃないか」と妙。


「本当ですか!」と麻里が道場にきて初めて嬉しそうな声を上げた。


「朱良、あんたと麻里は同い年の姉妹なんだから仲良くおし」と妙。


 麻里は華奢そうな朱良をちらりと見た。やはり同学年だったのかと。それも、それなりに名の知れた格闘家の義父よりも強いという。


「朱良さん、あなたはどこの大会に出ているの?あなたほどの人なら、どこかでお会いしててもよいはずなのだけど」と麻里。


「うちの流派は他流と試合をしないのよ」と朱良はめんどうくさそうに答えた。


「ちょっとぐらい構わんよ」と妙。「どうせ、和也は外で技をつかっとるんだろ。そんなにケチケチせんでもええ。」


「どうかご教示を」と麻里は頭を下げた。


「姉妹は仲良くせにゃあ」と妙。


「わかったわ。そのうちに」と朱良。


「ありがとうございます!」と麻里。


「ところで、蘭さんと蓮さんはあまりお話ししないのね」と麻里。


 蓮と蘭はちらりと麻里を見ると、食事を続けた。


「私、この二人に恨まれてるの。私のせいで弘樹がいなくなったから」と朱良。


「え……」と麻里。


「弘樹は言葉が足らなくて、誤解されやすいのよ。あなたもわかるでしょ」と朱良。


「そうね」と麻里。


「今思えば、弘樹は少しさびしかったのだと思う。稽古が厳しくて、学校に行っていなくて、友達がいなかった。家には私たち姉妹と従姉たちしかいなかったの。父親はあなたの母親と浮気をしていて帰ってこなくて、母親は精神的に参ってしまって具合が悪かったのよ。弘樹は努力してコミュニケーションを取ろうとしていたのだけど、私たちには気持ち悪くて。それで弘樹を仲間外れにしていたの。そんなとき、両親の離婚が決まって突然弘樹を連れていかれてしまって……。」


「ごちそうさま」と蘭と蓮が立ち上がった。


「もういいのかい?」と妙が声をかけた。


「この女たちの話を聞いていると反吐が出るわ」と蓮。


「兄が戻ってきても、二度と関わらないでほしいわ」と蘭。二人はそろって部屋を出て行った。


「弘樹がいなくなってから、あの二人はこんな感じなのよ」と朱良。


「あの子たちも難しい年ごろになってきたのう」と妙が言った。


 麻里はこの道場のトラブルに、当事者として巻き込まれていることにようやく気が付いた。


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