朱良が帰宅すると、義兄の敬一が出迎えた。「朱良ちゃんお帰り。合宿はどうだった?楽しかったかい。」
「ええ、とても楽しかったわ、敬一お兄さん」と朱良。
ダイニングルームには、母のナナと義父の敏夫がいた。
「おかえり、朱良ちゃん。蘭ちゃんと蓮ちゃんは一緒じゃなかったのかい」と敏夫。
「蘭と蓮は道場で合宿を続けるそうです」と朱良。
「朱良、あなたの分の夕飯を置いてあるから食べなさい」とナナ。
「荷物を置いてきたら、頂きます」と朱良。
ダイニングルームに戻ってきた朱良は「いただきます」と言って、テーブルに用意された食事を食べ始めた。
「合宿での稽古ははかどったのかい?」と敏夫が聞いた。
「ええ。久しぶりにたくさん稽古ができてすっきりしました。気分爽快です」と朱良。
「朱良ちゃんは元気だねえ」と敏夫。
朱良が食べ終わったところで、ナナが「あなたたち、席を外してもらえないかしら。少し朱良と二人で話したいの」と言った。
「ああ、わかったよ。我々は退散しよう。さあ敬一」と敏夫。
「残念だなあ。もっと朱良ちゃんと話したかったのに」と圭一。
「何かあったのね。言いたいことがあるなら、聞いてあげるわよ」と朱良の目を見ながらナナは言った。
「弘樹が家出したわ。向こうの家で義理の姉に辛くされて出て行ったらしいの」と朱良。
「それで?」とナナ。
「探して見つけ出さないと」と朱良。
「見つけてどうするの?」とナナ。
「どうって、お母さん、弘樹のことが心配じゃないの?」と朱良。
「心配だわ」とナナ。
「それだけ?」と朱良。
「あなた、弘樹を見つけてどうするつもり。捕まえて和也の家に引き渡すの?」とナナ。
「そんなことできないわ」と朱良。
「じゃあどうするの?」とナナ。
「それは……」と朱良。
「まさか、ここに連れてくるつもりじゃないわよね。ここにあの子の居場所はないわよ。分かってるでしょ」と朱良。
「そんな……」と朱良。
「敏夫は弘樹を引き取ってくれるわ。だけど同じこと。きっとまた家出する。あの子はそういう子よ」とナナ。
「なんでそんなこと決めつけるの?」と朱良。
「だってここはあの子の家じゃないもの。いくら私が止めても、あの子は周りに気を使って出て行こうとするわ。そんなこと、あの子のためにならないわよ」とナナ。
「じゃあどうすればいいの?」と朱良。
「あの子が自分で居場所を見つけるしかないわね」とナナ。
「ひどいわ。まだ中学生なのに」と朱良。
「最初にあの子を追い出したのはあなたたちでしょ。本来の居場所を追い出されたときに、弘樹の運命は決まったのよ」とナナ。
「あの頃、私はよくわからなくて……」と朱良。
「こんなことは言いたくないけれど、あなたの居場所だって、ここにはないわよ」とナナ。
「え?」と朱良。
「これまでに何度も言ったはずよ。わたしは、あなた達のことを娘だと思ってないし好きでもないわ。むしろ憎んでる。わかってるでしょ」とナナ。「それから気が付いてないようだから、言っておいてあげる。敏夫と敬一はあなたに邪な気持ちを持っているわ。あなたに彼らを受け入れる気がないのなら、早くこの家から出ていきなさい。」
「そんな、どこに行けと……」と朱良。
「蘭と蓮は気が付いているから、道場にいるのよ。あなた、相当鈍感よ」とナナ。
「私が無神経だと?」と朱良。
「そうよ。私は不器用だけど神経質で泣き虫で純真な弘樹が好きだったわ。今でも愛してる。あなたにこの気持ちがわからないでしょう。あの子がいれば私は再婚することはなかったのよ。あの子さえいれば」とナナ。
「私……、ごめんなさい……」と朱良。
「もういいわ。部屋にもどって寝なさい。ドアに錠前をつけておいたから、今晩からカギをかけて寝るのよ」とナナ。
次の日の朝、誰も目を覚まさないうちに朱良は家を出て、まっすぐ道場に向かった。