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第3章 祭り

第15話 鬼の役

 和也と令子は再び週末に道場を訪ねた。弘樹が蘭と蓮の元に現れたと聞いたからだ。山にこもって生活をしているという。


 広間の座敷に関係者が顔をそろえた。


 座卓の茶をすすってから和也が口火を切った。「おれだって弘樹の今の状態がいいとは思ってない。だから中学卒業後に自炊することを認めたんだ。弘樹一人なら心配だが、蘭と蓮が一緒なら大丈夫だろう。だが今のままじゃあ、高校受験もままならない。いくら試験の成績がよくても、このまま登校拒否が続けば内申書に響くだろう。蘭と蓮、弘樹に帰って来るように伝えてくれないか。俺だって父親だからあいつのことを心配してるんだ。このままじゃあ、いくら強くても、社会に出られない人間になっちまう。」


「お前からそんな言葉が聞けるとはね。長生きはするもんだよ」と妙。


「おふくろ、ちゃかさないでくれ。どうなんだ、蘭、蓮」と和也。


「私たちは弘樹兄さんについていくだけです。兄さんが帰ってこないなら、私たちが兄のいるところに行きます」と蘭。


「お前たちはまだ中学生だろ。どうなってるんだお前たちの家は」と和也。


「うちの家のことはお構いなく」と蓮。


「だけど俺はお前たちの実の父親だぞ」と和也。


「あなたは私たちを捨てたのよ!今さら父親面しないで!」と俯いていた朱良がキッと和也をにらみつけた。


「ああ怖い怖い」と和也。


「だが困ったもんじゃの」と正一。


「実は朱良さんにはお伝えしたのですが」と麻里がおずおずと口を開いた。「弘樹君を稽古の帰りに見かけたのです。以前のように、安達英子さんと並んで座っていました。」


「それで、声をかけたのかい?」と妙。


「いいえ、ただ通り過ぎました」と麻里。


「こんなときでも、やることはやってんだな、あいつ」と和也。


 蓮と蘭が和也をにらんだ。


「これ、そんな言い方しなさんな」と妙がたしなめた。


「安達さんに弘樹君が帰ってくるように説得してもらえるといいのだけど」と令子。「あなた、この間、安達さんに弘樹君のことを聞いたのでしょ。」


「ひどい剣幕で怒られました。二度と話しかけてくるなと言われてしまいました」と麻里。


「まあ、そうなるわな」と和也。


「そういえば、来月秋の祭りがあるのじゃが」と正一。「鬼の役に弘樹が当たったんじゃ。蘭と蓮、弘樹にこのことを伝えてくれんかの。」


「わかりました」と蓮。


「あいつは来るかな」と和也。


「そりゃあ来るじゃろ。あの子は義理堅いからの」と妙。


「とすれば、これはチャンスだな」と和也。


「その通りじゃ。朱良や、わしらが弘樹と話をする機会を必ず作ってやる。だから顔を上げなさい」と妙。


「はい、おばあ様。ありがとうございます」と朱良は顔を上げていった。「蘭と蓮、弘樹に今年は真剣勝負をするように伝えてください。」


「おい、何を言ってるんだ。祭りで真剣勝負なんて必要ないだろ。鬼に負けたらどうするつもりだ」と和也。


「そのときは道場主代理として責任を取らせていただきます」と朱良。


「責任と取るってなにするつもりだよ」と和也。


「朱良お姉様は腹を召されるそうです」と蘭。


「ただし、私が勝ったら弘樹には道場に戻って来てもらいます。蘭、蓮、必ず真剣勝負であることを弘樹に伝えてください」と朱良。


「しかと承りました」と蓮と蘭が手をついて答えた。


「腹を切るなんて狂ってるな」と和也。「そんなことやめておけ。おやじ、いいのかよ、こんなこと。」


「私の決意は変わりません」と朱良。


「そもそも、万に一つの勝ち目もないだろ」と和也。


「やってみなければわかりません」と朱良。


「なに素人みたいなこと言ってるんだ。俺がお前に勝てないように、お前は弘樹に勝てやしない。そんなことはお前が一番わかってるだろ」と和也。


 朱良は返事をしなかった。


「弘樹君はそんなに強いのですか?」と令子はおずおずと尋ねた。


「ああ、奴は化け物だ。だから外では絶対に技を使わせなかったんだ。小学生の頃なら俺達でも何とかなったかもしれねえが、今みたいに体が大きくなったんじゃあ誰も手を出せないだろうな」と和也。


「弘樹君は大きくないのにですか?」と令子。


「もう、十分に獣だよ」と和也。


「弘樹のことをそんなふうに言わないで!」と朱良。


「わかったよ」と和也。


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