英子が待ち合わせの場所についたとき、すでに麻里の家族の車が停まっていた。そばには家族の三人が立っていた。
「お待たせしました。風見先生、矢谷先生」と英子。
「よく来てくれたね。ありがとう」と和也。
「麻里が随分失礼なことをしたようね。私からも謝らせて」と令子。
「私のほうこそごめんなさい。弘樹君をかどわすようなことをしてしまって、申し訳ありませんでした。ですが、私は真剣です。どうか弘樹君との交際を……」と言い出したところで和也が遮った。
「そんなことはいいんだ。それより、弘樹を家に帰ってくるように説得しなければならないんだ。協力してくれるんだろ?」と和也。
「ええ、もちろんです」と英子。
四人は車に乗り込んだ。
「弘樹君がお祭りに出ると聞いたのですが、どのような役なのでしょうか?」と英子が尋ねた。
「小さな村の鎮守があって、年に一回、秋にお祭りをするんだ。そこで必ずその神社の由来にちなんだお芝居をすることになっている。村を荒らす鬼を天狗が追い払うというだけのアトラクションなんだ。お面や装束は神社に伝わっているものを使うんだよ」と和也は説明を始めた。
「弘樹君はその鬼の役をするということでしょうか」と英子。
「そうなんだ」と和也。
「なぜ弘樹君が選ばれたのでしょうか」と英子。
「うちの生家は道場ということになっているが、実は道場の看板なんて最近まで上げてなかった。言い伝えでは天狗から様々な術を授かったものがいて、術を修行する場所を作ったのが始まりらしいんだ。この道場には決まりがあって、神社の祭りに必ず天狗の役を出すことになっている。しかもシュラという名前を持つものに限られる」と和也。
「朱良は本名じゃなかったの?」と麻里。
「いや、本名だよ。一代とばしにシュラという名前をだれかに付けることになっている。先代は俺の叔父が
「そういうことだったのね。納得したわ」と令子。
「風見先生が闘ったというのは、当代の朱良でしょうか」と英子。
「そうだ。全く歯が立たんよ。神がかり的な強さだな、あれは」と和也。
「肝心の鬼の話だが、鬼の役は神主がくじをひいて、村の中から選ばれる。村の若い男は一応、道場の門人ということになっていて、形式的な修行をする。そして彼らの中から鬼が選ばれる。だから天狗役のシュラが鬼に負ける、なんてことはありえない。一応、吉凶占いになっていて、天狗が勝てば吉、鬼が勝てば凶だ。実際、今まで鬼が勝ったためしなんてない。ところがどういうわけか、今年は弘樹が鬼の役に選ばれちまった。しかも朱良が真剣勝負する、なんて言い出したから騒ぎになってるんだ」と言って、和也はため息をついた。