道場は物々しい雰囲気だった。白い幕がはりめぐらされ、ここかしこに幟が立てられていた。ときおり太鼓の音が響く。天狗は門人を従え、道場から出陣することになっている。
四人は車を降りて玄関に入った。
「おーい、誰かいないか!」と和也。「誰もいないようだな。勝手に上がらせてもらおう」と和也らは道場に上がった。
「連中は奥の間だな。英子ちゃんはここで待っててくれ。一応しきたりがあるんだ」と言って和也らは中に入っていった。
英子は座敷に一人取り残された。
廊下を一人の子供が通りかかった。目があった瞬間、「無礼者!」と怒鳴られ、ポーンと庭先に投げ飛ばされた。
英子はとっさに受身を取ったものの、状況が理解できなかった。突然のこととはいえ、子供にやすやすと懐に入られ、ずっと体の大きい自分が投げ飛ばされるなど、ありえないと思った。しかも縁側を通り越して庭先の芝生に腰を下ろしている。
仁王立ちになった袴姿の少女が縁側に立って自分を見下ろしている。「ここは神域である。俗人が足を踏み入れてよい場所ではないぞ」とのたまう。
その後ろから和也が現れ、「あちゃー」と言って頭を抱えた。
「蓮さん、この方は私たちが連れて来たお祭りの客です。当主代理にご挨拶に伺う準備をしておりました」と令子。
「私は蘭だ。奥の広間で待つ」といって部屋を出て行った。
「英子ちゃん、ごめんな。来るのが遅かった。怪我しなかったかい?」と和也。
「大丈夫です」と英子。
高い縁側に英子を引き上げて和也は言った。「あれは蘭という、ここの師範の一人だ。」
「気がついたら投げられていました。信じられません」と英子。
「さっき車の中で説明した通り、ここの連中は化け物だから、逆らっちゃだめだよ」と和也。
「はい、わかりました」と英子は答えた。
英子らは広間に通された。中央奥の床几に真白な袴姿のひとりの少女が座っている。その右わきに双子の少女が立っており、どちらかの一人は先ほどの蘭であるようだ。左わきには二十歳ごろと思しき二人の若い女性が立っており、その手前には太鼓が置かれている。
英子は広間の入り口近くで正座をした。
和也が老人と話をしている。「いきなり投げ飛ばすなんて、ひどいじゃないか」と和也。
「今日はみんなピリピリしておるんじゃ」と正一。
「せっかく英子ちゃんが来てくれたんだぞ。はやく取り次いでくれよ、おやじ」と和也。
「おお、そうか。この子が英子さんか」と言うと、正一は英子のほうを向いた。「はじめまして、わしはこの道場の先代の主の風見正一じゃ。よう来てくれたな。」
「安達英子です。お祭りに招待していただき、ありがとうございます」と英子は頭を下げた。
「わしには堅苦しい挨拶はいらん。こちらこそ弘樹がお世話になって感謝しておるよ。これからもかわいがってやってくれ。どうか頼む」と正一。
「おい、おやじ、そんな話はあとだ。早く取り次いでくれ」と和也。
「そうじゃったの。英子さん、わしと一緒に来てくれ」と英子。
「朱良、この方が安達英子さんじゃよ」と正一。
「はじめてお目にかかります。安達英子と申します」と英子は挨拶をした。
「私が当主代理の朱良だ。よく来てくれた。弘樹の説得をよろしく頼む」と朱良。
朱良とは少女だったのかと英子は目を見張った。
「何か不審か?」と朱良。
「朱良様は代理なのですか?ご当主様かと思い込んでおりました」と英子。
これを聞いて朱良は逆上した。「この道場の当主は弘樹である!他のものもよく聞け!私は弘樹以外の者を当主と認めぬ。今日の祭りではどのような手を使ってでも弘樹に勝つ。勝って弘樹をこの道場に連れ戻すのだ。それがかなわねば、私はここで腹を切る。皆の者はそのつもりで私に加勢せよ!」と朱良は血走った眼で周りを見回してから、床几にドスンと座った。
英子の背筋に冷たいものが走った。