挨拶を終えた英子らは奥の広間から下がった。
「ごめんなさい、私、悪いことを言ってしまったようで……」と英子は半分鳴き声になっていた。
「あの子は何日も前から、ずっとあんな状態なんじゃ。わしらの方こそ、こんなことに巻き込んでしまって悪かったのう」と正一。
「腹を切るというのは本気なのでしょうか」と英子。
「私も本気よ。今日は及ばずながら、門人としてこの刀で戦うつもりなの」と刀袋を胸に抱えてマリは言った。「もし負ければ、この刀で朱良さんを介錯することになるのよ。」
英子は生まれて初めて狂気を感じた。
「そんなことしたら、弘樹が死んじゃうわよ」と英子。「弱い弘樹をみんなで追い回すなんてひどいわ。」
「大丈夫だ、こんなことで弘樹は死にはしないよ」と和也。「おやじ、大丈夫なんだろうな。」
「もちろんじゃ。手筈は整っておる」と正一。
玄関近くの控えの間で英子らは祭りが始まるのを待っていた。ドーン、ドーンと太鼓の音が鳴り始めた。しだいに音の間隔が短くなり、ドドドドドドと鳴って、ぴたりとやんだ。しばらくしてまたドーンドーンと音が響き、人の出てくる気配がした。いよいよ出陣らしい。
英子たちが玄関先で見ていると、朱良を先頭に蓮と蘭、仁美と順子という若い女性が二人、そして日本刀を腰に挿した麻里という順に出てきた。実際に鬼役の弘樹と闘うのはこの六人らしい。国内では若手屈指の女格闘家と目される大女の麻里が青い顔をして、すごすごと後ろからついていく姿をみていると、自分がまるで別世界にいるかのように感じられた。
その後を、門人を兼ねた若い村人の集団がぞろぞろとついていく。英子らも人の群れについて神社に向かって歩いていった。