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第21話 開始

 本殿と神楽殿から少し離れた深い森の中に、祭りの儀式のための広場があった。中央付近の四隅に大きなかがり火がたかれている。神社に近い場所に天狗の陣があり、鬼は山奥から出てくることになっている。里に下りてくる鬼を、天狗が迎え撃つという体裁である。天狗を鼓舞するための太鼓が、ドーンドーンと叩かれ続けている。


 朱良、蓮、蘭、仁美、順子、麻里がかがり火の前に顔をそろえた。麻里は刀を、仁美と順子は長刀なぎなたを手にしている。


「あなたたち、長刀を持ってきたの?」と朱良。


「もちろんよ、素手で弘樹と闘うなんて自殺行為よ」と仁美。


「予備を何振なんふりか持ってきているから、あなた達も使うなら貸すわよ」と順子が生真面目な顔で言う。


「わしに策がある。三分じゃ、三分間お前たちが持ちこたえれば、わしらの勝ちじゃ。よく覚えておけ、三分じゃぞ」と正一が声を上げた。「よいか、弘樹を人と思うな、獣と思って打ちかかるのじゃ。さもなければ命を落とすぞ。」


 順子と仁美はそれぞれ少し離れて、長刀の鞘を外し、素振りを始めた。刀を抜いて青い顔をした麻里は令子から実戦剣法の心得を聞いていた。切っ先ではなく、物打ちで切るつもりで近寄って刀を振り下ろすようにと。


 もういつ鬼が現れてもおかしくない時刻になった。


 朱良は全員の前に立って声を上げた。「麻里以外は後ろに下がりなさい。どうせあなたたちは、弘樹と真剣に戦うつもりはないのでしょう。」


 一呼吸おいて、さらに言った。「私が弘樹と正面で戦います。麻里は私の真後ろにつきなさい。」


 仁美があざけるように言った。「あなたとこの子だけで弘樹に太刀打ちできるわけないでしょ。それこそ瞬殺よ。」


「なんですって!」と朱良。


「あなたは何のために私たちを呼んだの?弘樹を取り戻すためでしょ。私だって弘樹が出て行ったことを不本意に思っているのよ。あなただけが悲しくて、あなただけが弘樹を好きなわけじゃないのよ。また風呂場で私の胸に弘樹の視線を釘づけにして見せるわ」と仁美。


「それに、弘樹と真剣勝負する機会なんてめったにないのよ。生きて帰れたら、一生自慢するわ」と順子。


「私達も弘樹兄さんを道場に取り戻すのが一番だと思うわ」と蓮。


「決まりね。いい、三組に分かれてローテーションで戦うのよ。先鋒は順子と私、中堅は蘭と蓮、大将は朱良と麻里のペアよ」と仁美。


「わかったわ」と朱良。


 太鼓の数が増え、音が激しく鳴りだした。そろそろ鬼が現れるらしい。太鼓の音がぴたりとやむと、森の奥から二人の人影が現れた。肩を抱き合った弘樹と英子のシルエットが、かがり火の赤い炎に照らされて浮かび上がった。弘樹の小さい人影だけが広場の中央付近に入ってきた。朱良も一人で前へ進んだ。中央に控えていた神主から天狗役代表の朱良と鬼役代表の弘樹にお神酒が振る舞われた。


 大きな杯になみなみと注がれたお神酒を、向かい合わせの朱良と弘樹は一気に飲み干した。互いの杯が空であることを確認して、二人はそれぞれの陣地に戻った。


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