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第23話 勝利の朝

 次の日の朝、朱良、麻里、蓮、蘭、仁美、順子は道場で顔をあわせた。だれも大きな怪我はなかった。弘樹は体を傷つけないように気をつけたのだろう。それでも、朱良はろっ骨を折り、麻里は左耳の鼓膜が破れ、蘭は左肩の脱臼、蓮は頭に包帯を巻き、仁美は籠手の傷を五針縫い、順子は足を骨折というありさまだった。


 六人は丸い座卓の周りに座って顔を合わせたものの、しばらく無言だった。


 そこに安達英子がそっとあらわれ、少し離れた場所に正座した。「昨夜の御勝利、おめでとうございます」と手をついて頭を下げた。


「あなたがいなければ勝てなかったわ。弘樹はあのときまだ戦えたもの」と朱良。


「あれを勝ちといえるのかしら」と仁美。


「判定は天狗の勝利です」と順子。


「弘樹はあれでも手加減していたのでしょうか」と麻里。


「殺すだけならずっと簡単だったでしょうね」と朱良。


「あの子のことだから、私たちをいたぶってから勝負を決めるつもりだったのね」と仁美。


「薬の効きが少しでも遅かったら負けていたわ」と順子。


「弘樹兄さんは楽しそうだった」と蓮。


「そうね、ずっと笑っていたもの」と蘭。


 そして弘樹の顔を見る余裕すらなかった麻里は改めて周りとの力の差を思い知り、背筋が寒くなった。


「あなたはよくやったわよ、麻里」と麻里の表情を見た朱良が言った。「最後までよく戦ったわ。ありがとう、麻里。感謝するわ」と朱良。


 麻里は気持ちを抑えられなくなってぼろぼろと涙をこぼした。


「それから、みんなありがとう。あなたたちのおかげで弘樹に勝てました。改めて当主代理として礼を言います」と朱良。「もちろんあなたもよ、安達英子さん。」


「どういたしまして」と英子。「でも私はもう行かなければなりません。」


「なぜ?」と朱良。「私は最後に弘樹を裏切ってしまったから。弘樹に合わせる顔がありません」と英子。


「そんなことないわ。むしろ、弘樹が目を覚まして、あなたがいなくなってたら大事よ。また出て行ってしまいかねないわ」と順子。


「それに、あの子、あなたに押し倒されたとき、ちょっとうれしそうだったわよ」と仁美。「それに跳ね返そうと思えばできたのに、力を抜いたのよ、あのとき。」


「そんなはずは……」と英子。


「あの子、そういうのが好きだから。あなたたちが付き合うきっかけは、あなたが弘樹を押し倒したからでしょう」と仁美。


「はい」と英子。


「無理やりね」と仁美。


「はい」と英子。


「白状したわね」と仁美。


「ごめんなさい。申し訳ありませんでした。」と手をついて謝った。


「いいのよ。弘樹は逃げようと思えば逃げられたのよ。むしろ喜んでいたに違いないわ」と仁美。


「勝手に許さないでちょうだい。私には姉として話を聞く権利があるはずよ!」と朱良。


「これ以上、何を知りたいの?どんなふうに押し倒したのか聞きたいのかしら。場所とか時間とか、弘樹がどんな抵抗をしたとか?」と仁美。「それに私だって姉よ。」


「いいえ、あなたは従姉で、本当の姉は私一人よ!」と朱良。


「わかったわよ。でも私、従姉だから結婚できるのよ。うらやましいでしょ」と仁美。


「そんなこと、私が絶対に認めないわ」と朱良。


「いい加減にしなさい、二人とも」と順子。


「それにしても、意外だったわ。朱良が胸にコンプレックス持ってたなんて」と言いながら、仁美は自分の胸をゆすった。


「コンプレックスなんてないわ」と朱良。


「あんたが言うとおり、弘樹は大きいおっぱいが好きかもね。英子さんだって、ほら」と仁美は英子の胸に目を向けた。


「弘樹には、そんなものに興味を持たせないわ」と朱良。


「仁美、いい加減にしなさい」と順子。


「いやよ。私たち、こんな怪我してまで戦ったんだから言わせてもらうわ。弘樹はあなた一人のものじゃないわよ。毎日ごはんの用意をしてあげる、一緒に稽古して風呂で背中を流してあげる、寝床を用意してあげる、何よそれ!そんな姉弟聞いたことがないわ。毎日朝晩キスをしろとか、出かける前に行き先を言えとか、他の女と二人きりで会うなとか、そんなのメンヘラのガールフレンドが言うことよ!」と仁美。


「わかったわ。少しくらいなら譲歩してもいいわ」と朱良。


「順子、あなたも言ってやりなさいよ」と仁美。


「弘樹の勉強は私が見てあげるから」と順子。


「そういえば、蓮と蘭は?」と朱良。


「さっき道場を出ていきました」と麻里。


 仁美と朱良は目を見合わせると、がばっと立ち上がって母屋に駆け出して行った。


 足を負傷した順子は杖をついて椅子から立ち上がった。キョトンとする麻里と英子に言った。「きっと、弘樹が目を覚ましたのよ。蓮と蘭はなぜか離れていても弘樹のことがわかるのよ。」


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