朱良と仁美が部屋に入ったとき、弘樹は蘭に膝枕をされて布団の上で横になっていた。蓮が水を飲ませている。
「まだ手足がしびれてるんだ。薬を使うなんてずるいよ」と弘樹。
朱良と仁美は弘樹の枕元に座った。
「私達も知らなかったのよ」と朱良。
「寝たきりになっても私が面倒を見てあげるから、心配しないで」と仁美。
順子と麻里と英子も部屋に入り、布団の側に座った。
和也と令子が部屋を覗き「なんだ、みんなここにいたのか」と和也。ほどなく「やはりここか」と正一が言いながら妙と部屋に入った。
「これでようやく弘樹がいるところで弘樹の話ができるな」と和也。
弘樹は不機嫌そうな顔をした。
「すまんかったな、弘樹。神主に頼んで鬼役をお前にしてもらったのは、わしじゃ。それからお神酒に薬を仕込んだのもわしじゃ。恨むなら、わしを恨め」と正一。
「薬の量が多すぎだよ」と弘樹。
「もちろん多めじゃ。あのとき、薬だけでは不安じゃったから、猟友会の人たちにも来てもらっとったんじゃ。麻酔銃を撃ってもらうためにな」と正一。
「ムチャクチャだよ。ちゃんと手加減してたじゃないか」と弘樹。
「あたりまえだ。相手は女の子だぞ。本気出してどうする」と和也。
「最後は英子さんに抱きついてもらえてよかったじゃろ」と妙。
「あれは抑え込みだよ」と弘樹。
「だが負けは負けだ。ちゃんと認めろ」と和也。
「わかったよ」と弘樹は蘭に膝枕をされたまま不満そうな顔をした。
「なんであんたが膝枕してるのよ?」と朱良。
「兄は膝枕が好きなんです」と蘭。
「妹が兄に膝枕するなんて変よ」と朱良。
「そんなことはないわ」と蓮。
「私たちは愛を誓い合ってるの」と蘭。
「なんですって。兄妹で愛なんて私は絶対認めないわ」と朱良。
「話が混乱するから、その話は後にしてちょうだい」と順子。
「弘樹をこの道場で引き取るわ」と朱良。
「だが中学校はどうする?」と和也。
「転校してもらうわ」と朱良。
「だがもうじき高校受験だ。転校はかわいそうだろう。今の中学を卒業させてやれ」と和也。「弘樹、お前も今の友達と卒業したいだろう?」
「うん。まあ」と弘樹。
「じゃあ決まりだな。中学卒業まではうちにいてもらう。令子、麻里ちゃん、いいだろう?」と和也。
「もちろんよ」と令子。
「私も姉としてできるだけのことをします」と麻里。
「中学校に友達はいるんじゃろう?」と正一。
「うん」と弘樹。
「伊藤健一君という友達がいて、よくお宅におじゃましてるんです。泊まりで遊びに行くことも多いのです」と令子。
「本当か?」と和也。
「ええ、伊藤君のお母さんから時々電話をもらっています」と令子。
「本当に友達なのか?」と和也。
「そうだよ」と弘樹。
「どんな友達だ。信じられないな。泊まりで何して遊ぶんだ?」と和也。
「普通に格闘ゲームとかだよ。ピアノもあるし」と弘樹。
「そうか、うちにも来てもらうといい。本当の格闘を教えてあげよう」と和也。
「絶対にやめてよ。そんな事」と弘樹は困った顔をした。
「弘樹兄さんが仲がいいのは、お母さんの方よ」と蓮が言った。
全員がぎょっとした顔をした。
「健一という人とは遊んであげてるだけだから」と蘭。
「どういうことなんだ」と和也が怖い顔をした。
「その通りの意味よ。弘樹兄さんは家庭環境を同情されて、その家のお母さんにかわいがられているの」と蓮。
「優しくしてもらう代わりに、健一という引きこもりの子供と遊んであげてるのよ」と蘭。
「何だって。変な仲になってるんじゃないだろうな」と和也。
「ぱっちゃりした体型でオッパイが柔らかいそうです」と蓮。
「何であなたがそんなこと知っているの?」と令子。
「もちろん、兄から聞いているからですわ。お兄様の義理のお母さま。ちなみに、伊藤家の夫は海外に赴任中で家を空けているそうですわ」と蘭。
部屋がシンと静まった。
「何が悪いのかわからないよ」と弘樹。
「何だと!」と和也。「お前がやっていることは、人の道に外れてるんだよ!」
「あなたの言う人の道とは何か、聞いてみたいものですわ」と蓮が和也を睨んだ。
「お前がそれを言うのは問題だな。特にこの子たちにはな」と正一。
「じゃあどうすりゃいいんだ。このまま中学校に通わすわけにいかないだろう」と、和也。
「やはり予定通り、今日から道場で引き取ります。中学校なんて通う必要ないわ。弘樹はここで生きていけばいいのよ」と朱良。
「わしらは構わんが」と正一。「お前はどうするんじゃ。ちゃんと両親に話をするんじゃぞ。」
何も決まらないまま、和也と令子、麻里、英子は車で帰った。麻里と英子は朱良と仁美、順子と連絡先を交換して、また会うことを約束した。