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第5章 バンド

第33話 弘美

 珍しく絵里の部屋に友達が来ていた。


「弘美、元気出して」と絵里は声を掛けた。


「うん」と弘美。


「弘美ちゃんなら大丈夫だよ」と絵里。


「またお母さんに怒られちゃう」と弘美。


「私も応援に行くから」と絵里。


「明子が知り合いを連れてくるらしいの。有名な人らしいわ。ますます私が見劣りしてしまう」と弘美。


「大丈夫よ。私が一緒に行ってあげる」と絵里。


「わたし、もう帰りたくない。うちのパーティーが終わるまでここにいていいかしら」と弘美。


「そんなのだめだよ。そんなことをしたら、ますます帰りづらくなるよ」と絵里。


「もういいの。私、このまま家出するわ。ねえ、ここに泊めてよ」と弘美。


「そんなの無理だよ。うちの親、厳しいから」と絵里。


「じゃあ、頼まないわ。絵里、これでお別れね。私、どこかに行くわ」と弘美。


「分かったわ、ちょっと待って。考えるから」と絵里。「弘美、ピアノが上手な人を一緒に連れて行けばいいのよね?」


「ええまあ。パーティーでお客さんたちに見劣りしないような演奏ができればいいわ」と弘美。


「私、心当たりがあるわ。ちょっと一緒に来て」と絵里。


「ここよ」と絵里。


「隣の部屋って、お家の人?」と弘美。


 絵里がトントンとドアを叩くと、はいと返事があってドアが開いた。神経質そうな中学生らしき男子が顔を出した。驚いた様子だった。「絵里ちゃん、どうしたの?」


「兄さん、お願いがあるのだけど。中に入れてもらっていい?」と絵里。


「いいよ。どうぞ」と男子。


「この子、私の友達の弘美。この人、私の兄の弘樹兄さん」と絵里が紹介した。


「お願いがあるの。聞いてもらえない?」と絵里。


「うん、絵里ちゃんの願いなら何でも聞くよ」と弘樹。


「本当!」と絵里はわざとらしく喜んだ。「じゃあ約束して、お願いを聞いてくれるって。」


「どんな内容なの?」と弘樹。


「約束して。でないともう口きかないから」と絵里。


「わかったよ」と弘樹。



「ピアノ?」と話を聞いた弘樹が言った。


「弾けるんでしょ?」と絵里。


「うん、まあ」と弘樹。「いつ弾くの?」


「これから一緒に来てほしいの」と絵里。


「今から?」と弘樹。


「だめ?」と絵里。


「いいけど」と弘樹。


「じゃあすぐに着替えて。ちゃんとした服に着替えて」と絵里。


「服なんて持ってないよ」と弘樹。


「じゃあ制服でもいいからすぐに着替えて」と絵里。


「わかったよ」と弘樹。


「玄関で待ってるから、すぐに来てよ」と絵里。



「絵里にお兄さんがいたんだ」と弘美。


「うん。父の連れ子なんだ。でも他の人には言わないで」と絵里。


「ピアノ弾けるの?この家にはピアノがなさそうだけど」と弘美。


「実母がピアニストって聞いてるわ。だから弾けるって」と絵里。


「無理に頼んで大丈夫なの?」と弘美。


「あのね、弘美。あの兄には強く言わないとだめなの。優しくて親切だけど、気が弱いから、きつく言わないと何もしないの。目を離すとすぐ逃げてしまうから、ちゃんと見張ってるのよ」と絵里。「それから兄には常に強気で話すの。それでも聞いてくれなかったら、嘘泣きするのよ。大事なことだから、覚えておいて。」


 制服に着替えた弘樹が階段を下りてきた。「どこまで行くの?」


「弘美のお家よ。ここから歩いて十五分ぐらいのところよ」と絵里。


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