善は急げで、四人はすぐに弘樹を説得するために絵里の家に向かった。早苗が家に余っていた黒いギターとアンプを抱えていた。
「お兄さん、家にいるかしら」と弘美。
「いるわ」と絵里。「今、受験勉強してるから。」
「いいのかしら。そんなときにバンドなんてやってもらっても」と早苗。
「いいのよ。いい、絶対に兄の前で弱気にならないで。強気で押すのよ。押して押して押しまくるの。それでもだめなら、弘美が泣いて。いい?」と絵里。
「さっき実の姉と妹と暮らすって言ってたけど、絵里とは血がつながってないの?」と早苗。
「異母兄妹よ。兄は父の連れ子なの。他の人には言わないでね」と絵里。
「入って」とエリは三人を家にいれた。
「絵里の家って初めてだわ」と亜希。
「私、この家好きじゃないから友達を呼ばないの」と絵里。
「なんで?」と早苗。
「だって汗臭いから」と絵里。
「そうね、ちょっと匂うわ。だれかスポーツをしてるの?」と早苗。
「家族そろって格闘技よ。私、野蛮で、大っ嫌い」と絵里。
少女たち四人はバタバタと階段を上がった。「ここよ」と弘樹の部屋の前に立つ。絵里はトントンとノックをした。
「はい」と声がして、ドアが開いた。
「お兄ちゃん、話があるの。中に入れて」と絵里。
驚いた顔をしている弘樹を押しのけて、絵里は友達と共にどかどかと部屋に入った。
「座っていい?」と絵里が聞いた。
「いいよ」と明らかに戸惑った顔で言った。
四人は弘樹のベッドの端に並んで腰を下ろした。
ビジュアル系の顔だなと早苗は思った。体の線が細くて、鋭い顔立ちをしている。
絵里はおもむろに持ってきたギターを袋から出すと、弘樹の肩にかけて持たせた。「これがピックよ。右手に持って、左手で弦を押さえるの。知ってるでしょ。構えて!」と言われて弘樹はとっさに背筋を伸ばした。
絵里は三人の顔を見て「どう?」と聞いた。
早苗は悪くないと思った。とても似合っていると。
「かっこいい!」と亜希が甲高い声を上げた。
「そうかな」と言って弘樹は照れ笑いをした。
「お兄ちゃん、ピックの持ち方はこう。弦はこう押さえて。これから毎日私が教えるから、練習して」と絵里。
「ぼくが?」と弘樹。
「そうよ。嫌なの?私たちがお願いしてるのよ」と絵里。
弘美と早苗、亜希の三人が、じっと弘樹を見た。
「わかったよ」と弘樹。
「ありがとう!」と絵里。
「ところで、こちらがドラムでリーダーの早苗、それからベースでボーカルの亜希、弘美ちゃんはキーボードで、お兄ちゃんと私はギターよ。バンドの名前はオニユリだから」と絵里。
「お願いします」と早苗。亜希が一緒に頭を下げた。
「私、お兄さんとバンドができてうれしいです」と弘美が弘樹の手を握った。
「来週から一緒に練習するから、それまでに弾けるようになるのよ」と絵里が言った。
「うん。がんばってみるよ」と弘樹。
そんな無茶な、と早苗と亜希が心の中でつぶやいた。