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第42話 居場所

 帰宅した弘美は、バンドを始めたこと、家出をしようとしたこと、弘樹に告白したこと、そして今日、弘樹の母に会ったことを包み隠さず、すべてを母淑子に話した。


 母はじっと耳を傾けていた。弘美が話し終えたとき、淑子は弘美の手を取った。「弘美、がんばったわね」と淑子は静かに言った。


 弘美は母にすがり、声を上げて泣いた。




 朱良が風見家の玄関に入ると、絵里が待っていた。「弘美ちゃんを連れてってくれてありがとう。」


 弘美から電話で今日のことを聞いたのだろう。「いいのよ」と言って家に上がった。


 リビングルームのドアを開けると、和也と令子と麻里が食事を始めたところだった。


「今日も泊めてもらえないかしら?弘樹はあとから帰ってくると思うわ」と朱良。


「どうぞ、遠慮しないで」と令子。


 朱良と絵里が食卓についた。


「どうだった。母子の対面は?」と和也。


「いつも通りだったわ。弘樹は母さんのペット扱いよ」と朱良。


「まあ、しょうがねえ」と和也。「だが、弘樹は帰ってくるのか?あのサイコ女が返さないだろ。」


「あの家に弘樹の居場所はないわ。それに母さんは赤ん坊の世話をしないといけないから、そのうち弘樹を放すはずよ」と朱良。


「弘樹君はお母さんに会えて喜んでた?」と令子。


「どうかしら。弘樹は笑わないから分からないわ。会ってすぐ、ピアノの腕が落ちてたら追い出す、なんて言われてたから、普通なら傷つくと思うけど」と朱良。


「変わったお母さんなのね」と令子。


 絵里は明日学校へ行ったら、弘美に弘樹の母親のことを詳しく聞こうと思った。




 弘樹が帰ってきたのは、令子が食事を片付けた後だった。「朱良姉さん、来てたんの?」と弘樹。


「弘美ちゃんを家まで送ったのよ。心配だったから。」と朱良。「今日はここに泊めてもらうわ。」


 弘樹は何も言わずに令子が出してくれた夕飯を食べ、朱良に風呂に入れてもらった。


「弘樹、もう寝なさい。私も寝るから」と朱良に連れられて、自分の部屋に入った。朱良が布団に入り、弘樹を隣に寝かせ、布団を掛けた。


「お母さんに会えて、うれしかった?」と朱良。


 弘樹は何も答えなかった。


「うれしくなかったの?」と朱良。「母さんが変わったんじゃないわ。あんたが成長したのよ。」


 しばらく間をおいて「あんたはもう、親離れをしてもいい頃なのよ」と言った。


 弘樹は「うん」と言って朱良の胸の中にもぐりこんだ。


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