弘美を連れ去られた後、絵里は朱良の襟にしがみついた。「弘美ちゃんを助けて!」
英子がすぐに警察に電話をして事故のあらましを要領よく伝えた。すぐにパトカーが来て警官が事情を聴いたのち、捜査を始めた。とっさのことで車のナンバーどころか車種すらわからないありさまだった。商店街の防犯カメラのデータを署に持ち帰って一台ずつチェックするという。絵里と早苗と亜紀は気が遠くなるような気がした。
「麻里と弘樹が帰ってこないわね」と英子。
「追いつきさえすれば何とかなるわ」と朱良。
横で聞いていた絵里が叫んだ。「何とかなるってどういうことよ!」
「弘樹が何とかするわ」と朱良。
「弘樹お兄さんってそんなに強いのですか?」と早苗。
「ええ、強いわよ」と朱良。
「うそよ!いつもお姉さんたちが弘樹兄さんのことをぶったり怒ったりしてるの、私知ってるから!お姉さんたちより弱いのに、悪い人たちに勝てるわけないわよ!」と絵里。
「朱良さんはとても強いのよ」と英子。
「うそよ!こんなひらひらのスカートが似合う女の人が強いわけないわ!」と絵里。
連絡を受けて会場にいたオニユリのメンバーの親たちが駆けつけてきた。
「弘樹が追っているのか?」と和也。
「麻里のバイクで二人乗りをして追いかけていったわ」と朱良。
「なら大丈夫だろう」と和也。
弘美の母親の
「こちらこそ、絵里がお世話になっております」と令子。
「絵里さんだけではなくて、弘樹君にも大変お世話になっております。一度ご挨拶にと思っておりました」と淑子。
「弘樹が何か?」と和也。
「うちの弘美がピアノを教えていただいているのです」と淑子。
「ああ、そうでしたか。あいつは人見知りがひどいので、失礼なことをしていなければいいのですが。親としては友達が少なくて心配しているのです。こちらこそ、かわいがってやってください」と和也。
「事情を少しお聞きしているのですが、もう少し環境を整えてあげてもよいのではないかと思います。弘樹君はすばらしいピアノの才能をお持ちです。できれば私がお手伝いをして差し上げたいのです」と淑子。
「俺にはピアノのことは分からないので、あいつのいいようにしてやってください」と和也。
「それよりも御嬢さんのことが心配です。うちの麻里と弘樹が追っているそうです」と和也。
淑子はああそうだと思いだしたような顔をした。「弘樹君にまで危険がないといいですが」と淑子。
「あいつなら大丈夫です。その辺のゴロツキに負けることなんてありえませんよ」と和也。
「弘樹君も格闘技を習っているのですか?」と淑子。「ええ、まあ。一応、家業なので」と和也。
「大変失礼ですが、あなたマッスルタイガーさんでしょうか?」と淑子。
和也はひえっと驚いた顔をした。「なぜその名前を?」
「私は宮崎ナナさんの大学の時の同級生なのです。ご結婚の直前まで親しくして頂いていたのです」と淑子。
和也はすっかり恐縮してしまった。「そうでしたか。何ともお恥ずかしい。その名前だけはご勘弁を。あの頃のことは周りに隠しているのです。」
そばで聞いていた早苗と亜紀の母親の綾が「すごいわ!私、マッスルタイガーの大ファンだったのよ。握手してください!サインいただけませんか?」
綾の手を握りながら、「それは近いうちに。内密にお願いしますよ」と和也。
バイクの音がして止まった。弘樹が先にシートから降りて弘美をおろした。麻里がメットを外した。
「弘美ちゃん!」と絵里が駆け寄った。弘美は弘樹にしがみついて離れなかった。