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第46話 絵里の質問

「それで、どのように助けていただいたの?」と淑子。


「それが気がついたら弘樹お兄さんに抱きかかえられて車の外にいたの」と弘美。


「技を使ったのか?」と和也。


「うん。仕方なかったから」と弘樹。


「麻里は見たの?」と朱良。


「私は背中越しだったからミラーでちらっと見えただけよ。バイクで車を追い抜いて、弘樹が車に飛び移って弘美ちゃんを助けたの」と麻里。


「技って何?」と絵里。


「家に伝わる古武術だよ」と和也。


「どんな術なの?」と絵里。


「それは秘伝なんだよ」と和也。


「何で隠すの?」と絵里。


「絵里、いろいろ事情があるのよ。悪い人に利用されないように」と令子。


「お母さんは知ってるの?」と絵里。


「ほとんど知らないわ。ちょっとだけ見たことがあるだけよ。今回の弘美ちゃんみたいに」と令子。


「他に知ってる人はいないの?」と絵里。


「同じ流派の人は知ってるよ。朱良は伝承者だ。他には門人の麻里ちゃんとか英子さんとかは少し知ってる」と和也。


「私だけ仲間はずれなんだ」と絵里。


「いや、そういうことじゃないんだよ」と和也。


「興味があるなら後でゆっくり教えてあげるわ」と朱良。


「興味なんてない。それで、マッスルタイガーって何?」と絵里。


「それはまた別の機会に教えるから」と和也が慌てた。


「お父さんのリングネームよ」と朱良。「以前、覆面レスラーだったの。」


 和也が顔を覆った。「だからそれは言わないでくれ。」


「流派の面汚しだわ」と朱良。


「すごく強かったのよ。私はいつも応援してたんだから」と綾。「試合を見に行ったこともあるのよ。」


「今だってあまり変わらないでしょ。リングネームが本名になっただけじゃない」と朱良。


「総合格闘技の風見和也がマッスルタイガーだったなんて、誰かに喋りたいわ!」と綾。


「奥さん、それだけは勘弁してくださいよ」と和也。


「何で隠してるの?」と絵里。


「今日の絵里ちゃんは手ごわいわね」と朱良。


「大人にはいろいろ事情があるんだよ」と和也。


「事情って何?」と絵里。


「お父さんは駆け落ちしたのよ。婚約していた女の人を略奪したってスキャンダルになってマスコミに騒がれたの。それが恥ずかしくて隠してるのよ。他に知りたいことはないの、絵里ちゃん」と朱良。


「その女の人が朱良姉さんと弘樹兄さんのお母さんなの?」と絵里。


「そうよ。結構有名なピアニストだったのよ。だけどお父さんは家出したの。家族を捨てて今度は別の女の人と結婚したの。それがあなたのお母さんよ」と朱良。


「朱良さん、もう許してあげて。悪いのはこの人じゃなくて私なの」と令子。


「私は怒ってないわ。ただ絵里ちゃんがちょっとかわいそうだっただけよ。蚊帳の外に置かれてるみたいで」と朱良。「私も事情をよく知らなかったせいで弘樹を失いそうになったから。」


「弘樹お兄ちゃんってそんなに強いの?」と絵里。


「ええ、とっても」と朱良。


「お父さんよりも?」と絵里。


「ずっと強いわ。そもそもお父さんはとても弱いわ」と朱良。


「え?」と絵里。


「マッスルタイガーが弱いだなんて、そんなはずないわよ。総合格闘技で戦ってるお父さんを見てるでしょ。テレビでも時々放映されてるのよ」と綾。


「強さのレベルが違うのです」と麻里。「義父は世間のレベルではかなり強いですが、弘樹は別格です。その次が断トツで朱良さん、それから高弟の方々という順序になります。私たちは足元にも及びません。」


「信じられないわ」と綾。


「風見先生と矢谷先生は間違いなくトップクラスの格闘家です。でも弘樹の強さは格闘技のレベルではないのです」と英子。「今回も走っている車を一瞬で切り裂いて飛び移り、弘美さんを助け出しています。誰も信じていないようですが、おそらく事実です。麻里だけじゃなく、犯人たちもそのように証言していますから。」


「弘樹お兄ちゃん、本当なの?」と、弘樹を睨みながら絵里が言った。


「まあ、そんな感じだよ」と弘樹。


「じゃあ何で隠してたの?」と絵里。


「隠してないよ。危ないから技を使っちゃだめって言われてるんだ」と弘樹。


「だれに?」と絵里。


「お父さんだよ」と弘樹。


「何でお父さんの言うこと聞くの?」と絵里。


「そりゃあお父さんだからだよ」と弘樹。


「お兄ちゃんが当主なんでしょ。流派の」と絵里。


「まあそうだけど」と弘樹。


「当主と言うことは、武道の先生なのですか?」と淑子。


「弘樹が流儀の当主で朱良さんが当主代理です。父は以前、師範でした。英子と私は門人です。つまり私にとって弘樹は先生です」と麻里。


「麻里姉さんだけだよ、ぼくのこと先生だなんていうの」と弘樹。


「あなたが私のことを門人にふさわしくないというならば、私は腹を切ります」と麻里。


「なんでそうなるんだよ、麻里姉さんまで。姉さんが死んでぼくを悲しませて何が嬉しいんだよ」と弘樹。


「私には他にできることがありません」と麻里。


「そんなことないよ。今回だってバイクに乗せてくれたじゃないか。あんな危険なことお姉さんにしか頼めないよ」と弘樹。「麻里姉さんにとても感謝してるよ。」


「そう、私、とてもうれしいわ」と麻里。


「少し落ち着いたようですから、みんなで乾杯しましょう」と俊之。


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