「ごめんね。声をかけられたとき、私が立ち止まらなければよかった。変な人たちを無視して通り過ぎるべきだったわ」と早苗。
「もうライブに出るのやめようか。ネット配信で活動しようよ」と亜紀。
「私はライブを続けたいわ」と絵里。
早苗と亜紀、絵里の三人が弘美の顔を見た。「弘樹お兄さんがいてくれれば出てもいいわ。そのかわり、お兄さんの側から離れないから」と弘美。
下を向いて一人でもぐもぐとおかずを食べる弘樹に、「お兄ちゃん、聞いてた!」と絵里。
「ん?」と弘樹。
「これからもバンドを続けるのよ!」と絵里。
「うん」と弘樹。
「ライブには必ず出るのよ。弘美ちゃんの側にいるのよ!」と絵里。
「うん」と弘樹。
淑子が「春から弘樹君と一緒にお住まいになられると聞きましたけど、大人の方は一緒ではないの?」と朱良に尋ねた。
「ええ。私が弘樹の世話をします。弘樹に変な気苦労を掛けたくないので」と朱良。
「優しいのね。弘樹君とあなたの二人で暮らすの?」と淑子。
「いいえ、双子の蓮と蘭という妹と一緒です」と朱良。
「あら、四人で暮らすの。そうでしたら心強いわね」と淑子。
蓮と蘭の名前を横で聞いた麻里が、びくっとして朱良と淑子の方を向いた。
「あら、麻里さんは蓮さんと蘭さんのことをご存じなの?」と淑子。
「はあ、まあ」と麻里。
「どんな方なのかしら」と淑子。
「いや、それは……」と麻里が口ごもると、隣の席の英子が「かわいい女の子ですよ。弘樹の一つ年下の」と代わりに答えた。
「こんなきれいなお姉さんとかわいい妹と暮らせるなんて、弘樹君は幸せね」と淑子。
「お兄ちゃんの妹ってどんな人?」と絵里。
「中学二年の女の子よ。あなたの腹違いの姉になるわね」と朱良。
「格闘技を習ってるの?」と絵里。
「ええ」と朱良。
「どれくらい強いの?」と絵里。
「結構強いわね」と朱良。
「お父さんとどっちが強いの?」と絵里。
「俺と比べないでくれ」と和也。
「お父さんじゃ相手にならないわ」と朱良。
「闘ったことがあるの?」と絵里。
「ないよ。何年ぶりかに春に会ったが、少し驚いたな。朱良より強いんじゃないか」と和也。
「どうかしらね」と朱良。
「双子なんでしょ。二人がかりだったらお兄ちゃんに勝てる?」と絵里。
「ぼくが負けるよ」と弘樹。「あの二人は連係プレーが得意だからね。避けられないよ。」
「うそね」と絵里。
「お兄さんが自分から話すときは大抵何かをごまかすときよ」と早苗。
「よく知ってるわね」と朱良。
「マッスルタイガーより強い中学生の女の子なんて信じられないわ。冗談でしょ」と綾。
「あたしは蓮に稽古をつけてもらったことがあります。全く歯が立ちませんでした」と麻里。
「私も蘭に投げ飛ばされたことがあります」と英子。
「そうなの」と残念そうに綾が言った。