「でもなぜ急に親から離れて暮らすことにしたの?」と綾。「もう少し大人になってからでもいいと思うのだけど。」
「弘樹を一人にしておきたくないのです」と朱良。
「今もご家族と暮らしているのでしょう?」と綾。
「弘樹はさびしがり屋で、放っておくと家出をしてしまいます。それに道場の跡継ぎのこともありますし」と朱良。
「弘樹君が家出をしたの?」と驚いた声で淑子。
「ええ。一学期の途中で」と和也。
「信じられないわ。こんなにおとなしいのに」と淑子。
「こいつは猫をかぶってるだけですよ」と和也。
「私が至らなくて」と令子。
「あたしが余計なことを言ったから」と麻里。
「ごめんなさい。立ち入ったことを聞いてしまって」と淑子。
「姉さんが何を言ったの?」と絵里。
「後で話すから」と和也。
「いやよ。ごまかさないで!」と絵里。
「弘樹が英子といちゃついているのを見て麻里が注意したのよ。そうしたら弘樹が家出したのよ」と朱良。
「いちゃついてたって!何してたの!」と絵里。
弘美が朱良を見た。
「甘えてただけよ。絵里、あなたも知ってるでしょ。弘樹がいつも一人でさびしそうにしてたのを。英子がそれをかわいそうに思って世話を焼いてあげてたのよ」と朱良。「麻里が見たとき、いま弘美ちゃんといるみたいに隣に並んで座ってたそうよ。ただそれだけよ。」
「そうね、弘樹君はいつも寂しそうね」と淑子。
「それでなんて言ったの!」と絵里。
「二度と家に入るなって言ったのよ」と朱良。
「ただ並んで座っていただけで?」と絵里。
「年が離れているし、夕暮れ時の時間だったから、英子が弘樹を誘惑しているように見えたそうよ」と朱良。
「ごめんなさい」と麻里。
「麻里姉さんは悪くないよ」と弘樹。「それにぼくは修行に出たかったから、ちょうどいい機会だったんだ。」
「お前はいつもそう言って逃げ出すな」と和也。
「あなたは人のこと言えないでしょ。家族と道場を捨てて逃げたのは誰?」と朱良。
「それでどこに行ったの?」と淑子。
「気候がよかったので、山でキャンプしてました」と弘樹。「学校も好きではないので。」
「お兄さんって意外にたくましいんですね」と早苗。
「それで、いつ帰ってきたの?」と淑子。
「俺たちはさんざん探し回ったのだけど見つからなかった。だけど実は妹の蓮と蘭が弘樹と毎日電話で話してたことがわかって連絡が取れたんだ」と和也。
「妹さんは弘樹君と仲がいいのね」と淑子。
「それで帰ってきたの?」と絵里。
「みんなで説得したのだけど、帰らないっていうから勝負で決めることにしました。私たちが勝ったら帰ってくる。弘樹が勝ったら好きにしていいって」と朱良。
「ぼくはそんなのいやだって言ったんだ」と弘樹。
「だから英子を人質に取ったの。勝負を逃げたら英子を殺すって」と朱良。
「ひどいわ」と淑子。
「それでどんなふうに闘ったの?」と絵里。
「田舎の神社のはずれにある空き地で夕暮れ時だったわ」と朱良。
「朱良さんと弘樹君が一対一で?」と絵里。
「いいえ違うわ。私だけじゃなくて、蓮と蘭、それから従姉の純子と仁美、それから麻里よ」と朱良。
「一対六なの?」と綾。
「ええ、それでも勝ち目がないので、だまして麻酔薬を直前に飲ませました」と朱良。
「私は刀を、純子さんと瞳さんは長刀を持っていきました」と麻里。
「それでどうなったの?」と絵里。
「しばらく戦って時間稼ぎをして、弘樹に薬が効いて動けなくなったところを、弘樹の味方として側にいた英子が抑え込みで取り押さえたの」と朱良。
「そんなのひどいわ!」と淑子。
「そうでもしないと、弘樹に全員殺されてました。弘樹は手加減していたそうですが、たった三分の時間稼ぎでみな怪我をしてます。私はろっ骨を折られて麻里は左耳の鼓膜が破られて、他の四人も骨折や脱臼や縫うほどの切り傷や……」と朱良。
「父さんと母さんはいたの?」と絵里。
「ああ、見てたよ。」と和也。
「なんで参加しなかったの?」と絵里。
「弘樹は男には容赦がないんだ。俺がいたら、ここぞとばかりに殺されてしまう」と和也。
「それで、お兄ちゃんの負けだったの?」と絵里。
「そうよ」と朱良。
「お兄ちゃんはそれでいいの?」と絵里。
「勝ってもいいことないしね。朱良姉さんは負けたら腹を切るって言ってたんだ。すごく怖かったよ」と弘樹。
「兄弟げんかっていうレベルじゃないわね」と綾。
「でもおかげで弘樹を取り戻せたました。とても満足です」と朱良。「約束通りに私が世話をすることになったのです。」
「文字通り命がけで弘樹君の家出を終わらせたのね。ここにいる皆さんで」と淑子。
「人騒がせな奴なんですよ」と和也。
「ちょっとのんびりしてただけなのに。みんな大げさだよ」と弘樹。
「今度あんたがいなくなったら、私は本当に腹を切るから」と朱良。
「わかったよ」と弘樹。
「弘美ちゃん、弘樹のことが嫌いになったらすぐに言ってね。弘美ちゃんと気まずくなって家出する前に捕まえるから」と朱良。
「嫌いになんてなりません!」と言って弘美は弘樹の腕をぎゅっと握った。