朱良と蓮、蘭がアパートに引っ越したと聞き、弘樹は下見のために姉妹を訪ねた。弘樹は古い2階建てアパートの二階のドアの前に立ち、呼び鈴を押した。
朱良がドアを開けた。「いらっしゃい。早く上がりなさい。」
「うん」と弘樹。
ドアの内側がダイニングを兼ねた台所、その奥に部屋があるらしい。
「姉さんと蓮と蘭は引っ越しを終わったの?」と弘樹。
「ええ、私は荷物をもう入れたわ。蓮と蘭も終わったみたいよ」と朱良。
「二部屋あって、一部屋は蓮と蘭が使うから、もう一部屋を私とあんたが使うのよ」と朱良。
「え?」と弘樹。「姉さんと一緒の部屋?」
「そうよ。この部屋よ」と朱良はふすまを開けた。
八畳の部屋にパイプベットと小さなタンスと座卓が置かれている。まだいくつか段ボールが積まれたままになっている。
「生活に必要なものは用意したから、あなたは着替えと勉強に必要なものだけを持ってきなさい。段ボールに二箱までよ」と朱良。
弘樹は内心驚いたが、ここで逆らうと面倒なことになると思った。
「ぼく、ここに住むの?」と弘樹。
「そうよ。今日からここがあなたの家よ」と朱良。「うれしいでしょ。」
トントンとふすまを叩く音がして、ふすまが開いた。蓮と蘭が立っていた。
「お兄ちゃん、いらっしゃい」と蘭。
「次からは、お帰りなさいって言うね」と蓮。
隣の部屋とふすまで仕切られていて、蓮と蘭の部屋の中が見えた。六畳の部屋に座卓とカラーボックスが置かれている。
「お茶にしましょう」と朱良。「食事のときはこの部屋に集まるのよ。こちらの方が広いから。」
四角い炬燵兼用の座卓を囲んで四人が座った。
「これで姉弟水入らずの生活ができるわ。今夜はお祝いをしましょう」と朱良。
「弘樹お兄さんをいつでも膝枕できるのよ」と蓮。
「そうね。これでロリコンの義兄をあしらう煩わしさから解放されるわ」と蘭。
「ほんとに清々するわね」と朱良。
「ぼくはまだ引っ越しの用意があるから、今日は帰らないと」と弘樹。
「もうここがあなたの家なのよ。父にはさっき電話しておいたから、弘樹はもうそちらには帰らないって」と朱良。
「でも荷物はどうするの?」と弘樹。
「適当に詰めて送ってくれって言っておいたから。もうあの家に用はないわよ。どうしても必要なものがあれば、電話で父に伝えなさい」と朱良。
弘樹は驚いた。いくらなんでも急すぎる。
「よかったね、お兄ちゃん」と蘭。
「これからはずっと一緒だよ、お兄ちゃん」と蓮。
「そうだね、僕もうれしいよ」と弘樹は言って、これでいいかなと思った。
「でも四人で住むにはちょっと狭いね」と弘樹。
「仕方ないのよ。いまは収入が限られてるから」と朱良。
「収入があるの?」と弘樹。
「父と母がそれぞれ仕送りしてくれることになっているわ。足らない分は私がアルバイトするから」と朱良。
「アルバイト?」と弘樹。
「令子さんが出稽古のアルバイトをさせてくれるわ。それから飲食店で働くつもりよ。あなたも弘美のピアノのレッスン料をもらえるように、弘美のお母さんに話しておいたから」と朱良。
「そうなのか」と弘樹。
「私達も高校生になったらアルバイトするから」と蓮。
「蓮と蘭は勉強しなきゃだめだよ」と弘樹。
「じゃあ、私たちが家事をするわ」と蓮。
「毎日おいしいご飯を作ってあげる」と蘭。
「楽しみだな」と弘樹。