弘樹は八角学園高等学校に入学した。中高一貫教育校なので、外部からの進学者は少なかった。しかも弘樹が入学した普通科以外に商業科と家政科があるため、男子生徒が少ない。
クラス分けが発表されて教室に入った。担任の東山
外部から進学した弘樹はクラスになじめなかった。もともと人付き合いが苦手で、社交的な性格ではない。面識のあった早川友里もどこかよそよそしかった。
ある日の昼休みに、屋外の階段で足を滑らせた生徒がいた。とっさに掴んだ手すりが外れて、数メートル下の地面に落下したのを、たまたま通りかかった弘樹が受け止めて助けた。誰にも気づかれないように技を使った。弘樹は一部の教員と生徒から校内で監視されており、その日の監視役の生徒に技を使ったことを見られていた。
この監視役は、完全中高一貫教育を目指して高校募集に反対しているグループのメンバーでだった。彼らは風紀に厳しく、校風になじむのに時間がかかる外部生を嫌っていた。東山皐月はこの監視役の学生から報告を受けた。「まさか、外法の技を使う学生が私のクラスに入ってくるなんて」とつぶやいた。
弘樹には、なぜ担任の東山が弘樹につらく当たるのか、よくわからなかった。階段で助けた女子学生とは少し親しくなった。隣のクラスの白木結衣で、廊下ですれ違うと会釈して話しかけてくれた。
数日後、高校内で婦女暴行未遂事件が起こった。放課後に手紙で女子生徒を校舎の屋上に呼び出して襲ったらしい。手紙の差出人は風見弘樹と噂された。もちろん弘樹の知らないことだった。
被害者の証言によれば、犯人は複数で、全員覆面で顔を隠していた。被害者の叫び声を聞いて他の生徒が駆け付けた際に、犯人たちは校舎の屋上からジャンプして地上に着地して逃げたという。
高校の管理職の教員たちは、女子生徒を襲ったことよりも三階建ての校舎の屋上から飛び降りた能力に注目した。この八角高校のある地域では、異能を持つ子供がまれに出ることが知られていた。そして何年かに一度は、異能によるトラブルが発生している。これまでの事例から、もし異能を悪用してトラブルを起こした場合は、問答無用で退学処分にするという内部規定が作られた。今回はこの内規が適用される可能性があり、しかも対象者が複数人いると聞いて教員は緊張した。
次の日、弘樹は校長室に呼び出された。校長室には校長以外に副校長、教頭らの教員が何人かいた。
担任の東山がまず口を開いた。「風見君、あなたは昨日の午後五時過ぎにどこにいたの?」
弘樹は不審に思った。「なぜそんなことを聞くのですか。いきなり校長室に呼び出して。」
「答えなさい」と東山。
「事情が分かりません」と弘樹。
「重要なことですよ。答えなければ、あなたに嫌疑がかかりますよ」と東山。
「何の嫌疑ですか?何も心当たりがありません」と弘樹。「その時間なら、とっくに帰宅しています。」
「誰か証人はいる?」と東山。
「いません。昨日は放課後、誰とも話していません。すぐに帰宅して家でごろごろしていました」と弘樹。
「家の人は誰かいたの?」と東山。
「だれもいませんでした」と弘樹。
うーん、と周りからため息が漏れた。
「話を変えるわ。あなたは外法の技を使うそうね」と東山。
「外法とは何ですか?」と弘樹。
「しらばっくれるの?証人がいるのよ」と東山。
「何を言っているのかわかりません」と弘樹。
「外法とは、超常的な能力のことよ。幻覚を見せて人をだますような」と東山。
「そんなものありません」と弘樹。
「本当にこの話を生徒にしてもいいのですか?」と教頭。
「この生徒が外法を使ったのを見たという証人がいるのです」と東山。「女子生徒を階段から助けたふりをして、仲良くなる口実にしたのです。」
「本当かね。もし異能があったとしても、そんな回りくどい使い方をしないように思うが」と教頭。
「大階段の上から落ちてきた生徒を難なく受け止めたのです」と東山。
「たまたま、その場に居合わせただけです」と弘樹。
「二十メートル先から走ってきて受け止めたそうね。人間業ではないと一目でわかったそうよ」と東山。
「それは良いことのように聞こえるが」と教頭。
「それだけではありません。助けた生徒と不純な付き合いをしていると周りの学生から思われています。彼の存在は明らかに風紀を乱しています」と東山。
「風紀の話は、別の機会にしてくれないか」と副校長が不機嫌な顔をした。
「昨日の被害者は犯人グループが外法の技を使ったと言っています。女子学生を抱えて屋上からジャンプをして連れ去り、助けを呼ぶ暇もなかったと。」
弘樹は何も答えなかった。
「あなたに仲間がいるのでしょう?」と東山。「罪を認めて仲間のことを話せば、今回は警察への通報はしないように被害者を説得してあげます。」
「ぼくは何もしていません」と弘樹。
「もう帰っていいわよ」と東山。
次の日、弘樹が登校すると校門の掲示板に、風紀を乱したという理由で弘樹を退学にすると書かれていた。
弘樹はそのまま家出した。