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第53話 家出

 朱良は弘樹からの電話で家出を知った。今回の件では、弘樹が自分から事情を話した。高校で友達ができなかったこと、階段で人を助けたこと、そのときだれかに技を使うところを見られたこと、校長室で何かの罪を押し付けられそうになったこと、技を外法と言われたこと、などを弘樹にしては詳しく話した。


 入学したばかりの時期に、退学になった学生を受け入れてくれる高校があるだろうか、と朱良は心配した。誰か相談できる人はいないかと思いをめぐらした。だがそれも弘樹が帰ってきてからのことだ、と頭を切り替えた。


 弘樹のことだから命に別条ないだろう、とそれほど心配ではなかった。なにしろ、今回は姉の自分にわざわざ電話をかけてきてくれたのだ。事情を説明して心配するなと。むしろ朱良はうれしかった。


 蓮と蘭とも連絡を取っているようだった。気候が良いし、怪我や病気さえしなければよいと思った。だが、さすがに何日も帰ってこないと心配になる。電話では埒があかないので、週末に家出先のキャンプ場に行って、帰ってくるように説得しようということになった。


 土曜日の朝、アパートの呼び鈴が鳴った。朱良がドアを開けた。高校のときの担任だった東山皐月と後輩の高木葉子がいた。


「こんにちは。大学生になって一人暮らしを始めたの?」と東山。


「なぜ来たの?」と朱良。


「入れてもらえないかしら。話を聞いてほしいのよ」と東山。


「電話で話したでしょ」と朱良。


「直接お願いしに来たの」と東山。


 朱良は高校で世話になった教師を、玄関で追い返すのは悪いと思った。「狭いところだけど、どうぞ」と二人を上にあげた。


 自分の部屋に入れて、座布団を出して座らせた。「忙しいので手短にお願いするわ。」


「あなたに助太刀を頼みたいの。」と東山。


「事情を聞かせて」と朱良。


「高校で十日ほど前に婦女暴行事件が起こったわ」と東山。「そして、犯人と思しき生徒を見つけて処分したの。」


「処分って?」と朱良。


「退学よ」と東山。「もともと怪しい生徒だったの。校内で女子学生といちゃついたりするような。葉子がその生徒を見張っていたのよ。間違いないわ。」


「それで?」と朱良。


「犯人を追い出したはずなのに、同じような犯罪がまた起こったの。二回も」と東山。


「それで?」と朱良。


「さらに調べたら、別に犯人がいることが分かったわ。数人のグループで、外法を使うのよ。その連中の何人かを探し出したのはいいのだけど、開き直って証拠を見せろって言い出したのよ。」


「外法って何?」と朱良。


「異能のことよ。あなたも噂で知ってるでしょ。今回の犯人は、校舎の屋上から飛び降りて平気で着地するような身体能力を持ってるの」と皐月。「とても普通の人間では、太刀打ちできなさそうなのよ。」


「そんな相手では、私だって勝てないわ」と朱良。「ところで、最初に退学になった生徒は関係なかったの?」


「おそらく無関係よ。女子生徒をおびき出すために名前を使われただけみたいだわ」と東山。「そんなことより、外法の連中を何とかしたいの。やつら、婦女暴行事件を公にするって逆に脅してきたの。私たちの高校の名前に傷をつけるつもりなのよ。」


「私に交渉なんてできないわ」と朱良。「私に何をしてほしいの?」


「連中と直談判する時の用心棒よ。お願い」と皐月。


「残念だけど、今回は協力できないわ。急いでいる用事があるから」と朱良。


「お願いよ」と東山。


「朱良先輩しかいないんです」と葉子。


「以前、何とかっていう組織に依頼していたって聞いたけど、そこに助けを頼んだら?」と朱良。


「時間がかかってしまうわ。それに真守さねもり会に頼むと高くつくの」と東山。


「とにかく私は無理よ」と朱良。


「それでは、せめて蓮さんと蘭さんに頼んでもらえないかしら?」と東山。


「どうかしらね」と朱良。「蓮と蘭なら隣の部屋にいるわよ。話は筒抜けだったと思うけど。」


 皐月と葉子ははっとして後ろを振り返った。ふすまが開いて、蓮と蘭の姿が見えた。


「それで、退学になった生徒のことだけど、無実がわかってから連絡を取ったの?」と朱良。


「いいえ、今それどころじゃないわ」と皐月。


「落ち着いたら、連絡するの?」と朱良。


「わからないわ。学校の執行部が決めることよ。私には権限がないわ」と東山。


「だけどあなたにも関係があることでしょ。何とか助けようとは思わないの?」と朱良。


「たいして関係ないわ」と皐月。


「そうかしら、あなたはその生徒の担任だったのでしょ。その上、あなたがその生徒を校長室に呼んで尋問したんでしょ」と朱良。


「なぜそれを知っているの!」と東山。


「やはり協力はできないわ」と朱良。


「どういうことなの!」と東山。


「弘樹は私の弟よ」と朱良。


「そんな……、でも苗字が違うじゃない!」と東山。


「家庭の事情でそうなったの。弘樹を私が引き取って、ここから母校に通わせることにしたのよ」と朱良。


「なぜ言ってくれなかったの!言ってくれればちゃんと面倒を見てあげられたのに!」と東山。


「弘樹は特別扱いされると恥ずかしがって逃げてしまうのよ」と朱良。「あなたも担任だったのだから知ってるはずでしょ。ひどい人見知りなのよ。」


「謝らせて!弘樹君に謝らせて!」と東山。


「家出しちゃったのよ。退学させられた日に。それで私達、弘樹を探すのに忙しいのよ」と朱良。「だからあなたたちには協力できないわ。」


「せめて蓮さんか蘭さんのどちらかでもお願い!」と東山。


「絶対にお断りよ」と蘭。


「あなたの顔を見ると反吐が出るわ」と蓮。


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