「それで姉さんは引き受けてきたんだ」と弘樹。
「まだ引き受けてないわよ。あなたが決めることよ」と朱良。
「お姉さんの顔に、引き受けるって書いてあるよ」と弘樹。
「ほんとうだわ」と蘭。
「あなたのためでもあるのよ」と朱良。
「あの学校に戻ることが?」と弘樹。
「他にどこに行くのよ。私が世話をできるのは、大学の授業がない時間だけよ。昼間は高校にいてちょうだい」と朱良。
「あの高校じゃなくてもいいじゃないか」と弘樹。
「だめよ。あの学園は教育カリキュラムが充実しているのよ」と朱良。
「ぼくには合わないよ」と弘樹。
「私があなたの世話をするという約束を忘れたの?言うことを聞いてもらうわよ」と朱良。
「わかったよ」と弘樹。
「でもその前に変な連中と戦わなければならないんでしょ。嫌な因縁ができそうで、気が進まないよ」と弘樹。
「そうよ。でもそのかわり報酬がもらえるの。もう少し広い部屋に住めるわよ」と朱良。
「ぼくはここでいいよ。気に入ってるから」と弘樹。
「だめよ、もっと安全で広い所に引っ越すわ。こんな狭いアパートでは、友里みたいな人が来たら、ゆっくり寝てられないでしょ」と朱良。
「ぼくはお姉さんと蓮と蘭が一緒ならどこでもいいよ」と弘樹。
「だめよ。私は保護者として引っ越しを決めたわ」と朱良。
「ところで弘樹、技を使う人間が高校にいたのに気が付いてたの?」と朱良。
「うん、二人見たよ」と弘樹。
「名前、分かるかしら?」と朱良。
「さあ。名前は知らない」と弘樹。
「どんな人なの?」と朱良。
「一人はサッカー部のフォワードでやたら足の速い人。ときどき技を使ってる」と弘樹。
「主将の飯島君ね。有名人よ」と朱良。
「知り合いなの?」と弘樹。
「ええ。彼が婦女暴行の犯人かしら」と朱良。
「どうだろうね」と弘樹。
「他にはいないの?」と朱良。
「柔道部の大きい人」と弘樹。
「だれかしら。他に特徴はないの?」と朱良。
「普段はメガネをしてる。真面目そうな人」と弘樹。
「八木君ね」と朱良。「よくわかったわね。」
「どちらも技をこっそり使っているというよりは、出すチャンスをうかがってるようだよ。ここぞという時に堂々と使ってる」と弘樹。
「なぜ誰も気づかないの?」と朱良。
「見た目に大したことないからだよ。すごいけど、ひょっとしたらできるかもっていうレベルだから」と弘樹。
「事件の犯人は被害者を抱えたまま、屋上から飛び降りたそうだけど」と朱良。
「どうだろう、それぐらいはできるだろうね。技と言うほどではないよ」と弘樹。
「それもそうね」と朱良。
「だけど二人も技を使う人がいるのに、不思議とは思わなかったの?」と朱良。
「ちょっと驚いたけど、高校はそういう所だと思ったんだ」と弘樹。
「お兄ちゃんって、びっくりするくらい世間知らずよね」と蘭。
「今更だけど、すごく心配になってきたわ」と蓮。