すでに薄暗い時刻だった。由香から報告を受けた校長は、待機していた関係者だけでなく、中学と高校の教職員をかき集めて藪を取り囲んだ。
朱良は電話で弘樹に判断を仰いだ。蓮、蘭と三人で取り囲んで捕まえろ、とのことだった。弘樹はこっそりと高校に侵入していた。
朱良は中等部の校舎から駆け付けた蓮、蘭と合流した。校長は犯人を藪の中に閉じ込めたと大喜びした。
朱良の携帯電話が鳴った。朱良は人の輪から離れて電話に出た。「犯人たちが、木の枝を伝って藪から抜け出した。野球場に向かっている」と弘樹。
朱良が校長に告げると驚いて人を走らせた。
朱良、蓮、蘭は人目につかない藪の中を獣のように走り抜け、野球場に出た。すぐに犯人たちに追いついた。
「待ちなさい!」と朱良が怒鳴った。と同時に蓮と蘭が左右に分かれて後ろに回り込み、犯人たちの退路を断った。
犯人は5人のグループだった。そのうち二人が技を使うはずだ。
「あきらめて自首しなさい!」と朱良。
「あ、朱良先輩だ」とグループから声がした。
電話が鳴って、「人が来るよ。話なんかしてないで、すぐに片付けて」と弘樹。
電話を切る間もなく朱良は飛び込んで三人を一撃で倒し、逃げ出した二人を蓮と蘭が素早く当身を入れて動きを止めた。
関係者が野球場に駆け付けたのは、決着がついた後だった。
弘樹は校庭に近い高圧鉄塔の上から事の顛末を見届けた。帰宅するために校庭の縁を歩いていたとき、ふいに後ろから抱きつかれた。
「弘樹君、捕まえた」と女子の声。白木結衣。
驚いた弘樹は、かろうじて「白木さん?」と返事をした。
「結衣って呼んでって言ったでしょ」と結衣。
どうして背後を取られたのかわからない。「ぼくは通りすがりなんだ。ちょっと事情があって通り抜けさせてもらっているだけで……」と言い訳をした。
結衣が耳元でささやいた。「弘樹君、高圧鉄塔の上で何をしてたの?」
弘樹は恐怖を感じた。自分の背中に張り付いているのは何者なのか?「高圧鉄塔ってなんのことかな、結衣ちゃん。」
「内緒にしてあげるから、毎日お話ししに来て。もうじき高校に戻ってくるんでしょう?私、ずっと待ってたのよ」と結衣。
「どうして知ってるの?」と弘樹。
「弘樹君のことが好きだからよ。何でも知りたいと思ってるから」と結衣。
弘樹は言葉に詰まった。
「私、告白してるのよ。こうして弘樹君の背中に抱きつきながら」と結衣。「返事は待ってあげる。でも約束して、毎日お話ししに来てくれるって。」
「わかったよ、結衣ちゃんのクラスの教室に会いに行くよ」と弘樹。
「約束よ」と結衣。
「うん」と弘樹。
「じゃあ帰らせてあげる」と結衣は言って抱きついていた両手をほどいた。
驚いている弘樹に両手をかわいく振って「約束だよー」と笑いながら結衣が去って行った。