教室の窓際。
ぽけーっと外を眺めている
新学期、クラス替え直後。
周囲では「久しぶりー!」「一緒のクラスだね!」と友人同士の再会を喜ぶ声が飛び交っているが、悠真の顔はどこか浮かない。
(またクラス替えで一人ぼっちか……いや、別にいいんだけどさ。騒がしいの苦手だし、目立ちたくないし……平穏がいちばん、うん)
心の中でぼやきながら、春風に揺れる桜の花びらをぼんやり目で追う。
——その静寂を打ち破ったのは、突然の「バンッ!!」という音だった。
勢いよく開かれた教室の扉。
入ってきたのは、まっすぐな背筋と完璧な制服の着こなし、生徒会長・
「——成瀬悠真!」
凛とした声が教室に響き渡り、生徒たちの視線が一斉に彼女に向く。
「えっ、俺……?」
名指しされた悠真は、思わず自分のことだと確認してしまう。
紅は悠真を指さし、宣言した。
「あなたに、生徒会からの辞令があるわ!」
「……俺、なんかやったっけ!?」
教室がざわつく中、紅は悠然と告げる。
「本日付で、“恋愛観測部”の部長に任命する。ついてきなさい!」
「ちょ、待てって!! なんだその意味不明な辞令は!?」
しかし紅は聞く耳を持たず、悠真の腕をつかんで引っ張っていく。
気づけば悠真は、校舎の片隅にある旧資料室に連れ込まれていた。
埃っぽい空間の中、無造作に並べられた5つの机と椅子。
壁際にはホワイトボードがあり、そこには——女子たちの写真がずらりと掲示されていた。
「なにこれ……監視部屋?ストーカーのアジト?」
おそるおそる問う悠真に、紅は真顔で返す。
「違うわ。“恋愛観測部”の活動拠点よ」
「いや、そんな部、存在してたっけ?」
「今日から創設。私は会長であり顧問。そしてあなたが部長。部員はすでに集まっているわ」
「は?勝手に配役すんなよ!!」
紅はホワイトボードを指さしながら語る。
「この学園では、恋愛が暴走すると非常に危険なの。嫉妬、暴走、情報流出……場合によっては退学者が出ることもある」
「そんなに物騒な学園だったの!?」
「だから、恋愛感情を“観測”し、記録し、制御する必要があるの。平和を守るために」
「平和って……それ、まんま生徒会の自己満じゃん!」
「自己満足でも、秩序は守られるものよ」
そんな禅問答のような会話をしていると、カタンとドアが開く音がした。
入ってきたのは、5人の個性豊かな少女たち。
一人目は、無言で本を読みながら席に座る
文学少女らしく無駄のない動きで、すでに読書に没頭している。
二人目は、「ゆーまくんっ♪」と笑顔で駆け寄ってくる幼なじみの天音ことり《あまね ことり》。
机を乗り越えるように悠真の隣に陣取った。
三人目、長い黒髪に無表情な顔をした
四人目、金髪ギャルの金森ルナ《かなもり るな》は「は?マジでこいつが部長?」と挑発的な笑みを浮かべている。
そして五人目、神崎紅が静かに悠真の隣に立ち——
「彼女たちが、恋愛観測部の部員よ」
「ちょ、ちょっと待って!? このメンバー構成おかしくない!? 全員、美少女枠だし!?」
「ええ。観測対象として申し分ないわ」
「いや、俺が“観測”するって、具体的になにすんの!?てかされるの!?どっち!?」
「あなたは“観測する者”であり、同時に“観測される者”でもある」
「ややこしいなあああ!!」
そんな叫びも空しく、紅が小さく拍手をした。
「それでは本日より、恋愛観測部の活動を開始します」
「開始しないで!? 俺、まだ話全然ついていけてないんだけど!?」
「必要なのは理屈じゃなく、実践よ。さあ、観測開始」
「いやいや、まず自己紹介くらいさせて!?」
涼は本を閉じて、すっと立ち上がった。
「白石涼。趣味は読書、特技も読書。“観測”なんて変な部活だけど……何か面白そうだったので来ました」
(さらりと笑みを浮かべ)
「それに、先輩の“わかってなさそうな顔”、ちょっと興味あります。……冗談ですけど」
悠真は背筋がぞわっとした。
ことりは机を乗り越えて悠真の隣に座り、満面の笑みを見せる。
「ゆーまくんっ! やっと一緒の部活〜! なんか青春っぽくて楽しそうじゃない?」
「俺、全然楽しそうに見えないけど……」
「でもさ、こうやって一緒にいられる時間が増えるのって、ちょっと……嬉しいな」
(ほっぺを赤らめ、上目遣いで)
悠真はうっかり見つめ返してしまい、顔をそらす。
黙って悠真を見ていた澪が、すっと距離を詰める。
「きみ、変な匂いがする」
「えっ!?俺ちゃんと風呂入ってるけど!?」
「……波長。恋愛を呼び込む波長。あなた、発生源かもね」
「いや、なにそれ怖い」
澪は意味深な言葉を残して、自席へと戻っていった。
そして最後に、ルナが金髪をくるくるいじりながらニヤリ。
「ふーん、ウチ的には期待値ゼロだけど? ま、つまんなかったら即退部ね」
「勝手に判断しないで……」
「でもさ、そういう無防備な男って、わりと……嫌いじゃないけど?」
(ウィンクを一発)
悠真は完全にキャパオーバーだった。
(……結局よく分からないまま、“部長”として座らされた俺。周囲にはなぜか学内でも有名な美少女たちがズラリ……)
ふと、窓の外から春風が吹き抜ける。
悠真は空を見上げ、ひとつ深く息を吐いた。
「……でも、なんかちょっとだけ——面白くなりそうな気がする」
その背後、ホワイトボードの下には、ヒロインたちの名前とともに「観測中」と書かれた札が静かに揺れていた——。