バンッ!!
教室の扉が勢いよく開かれた。静まり返る一同。その中で、ただ一人、無表情のまま立つのは——
「成瀬。生徒会室に来なさい。観測対象として“私”を分析しなさい」
指をピシリと差してくるのは、生徒会長・神崎紅。完璧主義で有名な、あの人だった。
「は? いやいやいや、生徒会長が対象っておかしくない!?」
「おかしくないわ。部長としての任務よ。“私のような完璧な存在”が、恋愛をどう捉えているか……それを記録し、分析することで、恋愛観測部の意義が深まるはず」
(なんでこの人、こんなに必死なんだろう……)
戸惑う俺を有無を言わさず引き連れ、生徒会室へと歩いていく紅。その背中に、何か隠された焦りのようなものが見えた気がした。
—
生徒会室。重厚な革張りのソファに、神崎紅が腰を下ろす。俺は向かいに座り、部長としての観測ノートを開いた。
「じゃあ、えーと…生徒会長って、恋愛に興味あるんですか?」
紅の目がカッと見開かれた。
「な、なっ……!? い、いきなり何を……!」
「観測って、要は恋愛に関する記録だし。個人の感情とか、経験を知っていくことになるから……嫌なら無理にとは言いませんけど」
ふいに紅は視線をそらす。そして、ぽつりと呟いた。
「……あるわよ、興味くらい」
「え?」
「“好きになる”という感情に、興味はある。でも……私、そういうの……経験ないから」
赤みを帯びた頬に、戸惑いを隠すような横顔。あの完璧な生徒会長が、こんなにも不器用な感情を見せるなんて——
(え、なんか……かわいい)
「でも、それが欠点だと思われるのは嫌。私は常に、完璧でなければならないから」
「……それって、しんどくないですか?」
静かに返すと、紅の目がわずかに揺れた。
「俺が観測するのって、“完璧な生徒会長”じゃなくて……“神崎紅”その人だから。ちょっとくらい隙があっても、いいと思いますよ」
「……っ。……そんなこと言われたの、初めて」
—
観測は、なんとか終わった。
「今日は、ありがと……じゃないわ。あなたが部長としての職務を果たしただけ」
「はは……そっか。でも、俺はちょっと楽しかったですよ」
紅は一瞬、口をきゅっと結び——そして、何かを決心したようにポケットを探った。
「…………それは、その……私も」
差し出されたのは、小さな飴玉。
「……これ、今日の“報酬”。明日も来なさい」
そっぽを向いたまま、紅はスタスタと背を向けて歩き去っていった。俺は、そっと手の中の飴玉を見つめる。
(……この部活、想像よりずっと面倒くさいかもしれない。でも……)
口元が自然にゆるんだ。
「悪くない、かもな」