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第4話「妹ポジションじゃ、足りないの?」

放課後の空気は、なんだか甘ったるい匂いがした。

 校門の前で風に揺れるポニーテールが、俺の視界をかすめる。


「……よーし、今日も観測! だねっ!」


俺の腕に自然な流れでしがみついてきたのは、俺の幼なじみ、南ことり。小柄な体にパーカーとショートパンツというラフな格好。それでも妙に可愛いのは、彼女の無自覚な天性か、それとも計算なのか……。

身長145cm、セミロングのサラサラ髪、常に明るい笑顔で周囲を癒すマスコット系ヒロイン。

 ……ただし今、その笑顔の奥に、なにか黒いものを感じているのは俺だけか?


「観測って、お前は観測対象じゃなくてただの部員だろ」


「ぶー。私は部員じゃなくて“特別観測対象候補”だよ? いつでもヒロインに昇格可能なの!」


「そんな肩書き初耳だわ」


 肩をすくめて歩き出すと、ことりは小走りで並んできた。

 子どもの頃からずっと一緒だった。隣にいるのが当たり前だった。

 でも最近、どうもことりの視線が前より熱を帯びている気がする。


「今日もまた、生徒会長と二人で部室こもってた?」


「……たまたま時間が被っただけだよ。別に二人きりってわけじゃ——」


「ふーん……」


 ことりが小さくつぶやいた。笑顔のまま、だけどどこか棘がある。

 俺はそのニュアンスを聞き逃さなかった。


「なに、それ。もしかして、怒ってる?」


「べっつに? ……ただちょっと、最近さ。悠真って、私のこと“ただの幼なじみ”にしか見てないのかなーって思ってただけ」


 ぴた、と足を止めた。ことりも同時に立ち止まる。

 夕焼けに照らされたその横顔は、いつもより大人びて見えた。


「昔はさ、ずっと“ことりちゃんのお嫁さんになるー!”って言ってくれてたのにね?」


「う、それは……! お、お前も“ゆーくんと結婚するー”って言ってただろ!」


「うん。でも、私はまだそのつもりだけど?」


 ……一瞬、息が止まった。

 茶化しているようで、彼女の瞳は真剣だった。


「ほら、悠真って、最近他の子とばっか絡んでるし。

 ギャルのルナちゃんとか、生徒会長の紅ちゃんとか……。

 私、ずっと悠真の隣にいたのに……そろそろ、ちゃんと見てよ。

 “妹ポジション”だけじゃ、足りないんだよ」


 ことりの声は震えていた。

 小さな手が、そっと俺の袖をつかむ。


 そのとき、心臓がどくんと跳ねた。

 ああ、こいつ、ずっとこう思ってたんだ。

 俺はいつも「一番近くにいるやつ」だと安心して、ことりの気持ちから目をそらしてた。


「……ごめん。ことりの気持ち、ちゃんと考えてなかった」


 素直にそう言うと、彼女は少しだけ微笑んだ。


「じゃあさ、今度の“恋愛観測”……私のこと、対象にして?」


「……ああ。もちろん」


 ことりが小さくガッツポーズする。


「えへへ。じゃあ、明日から観測記録つけてもらうね! 一分一秒逃さず私を見ててよ、部長さん♪」


「はいはい、わかりましたお姫様」


「うむっ、よろしい」


 そのまま並んで歩きながら、夕焼けの影が二人分、長く伸びていった。

 隣にいる幼なじみは、ただの“家族”じゃなかった。

 気づかないふりをしてた感情が、ようやく胸の奥で動き始める。


(——けど、他のヒロインたちも黙ってないんだろうな……)


 俺はふと、今日も一通届いていた“匿名の恋愛観測レポート”を思い出した。

 差出人不明、でもやたら文体が堅くて……もしかして、あの生徒会長……?


 恋愛観測部。

 それは、俺にとっても他人事じゃない——そう思い始めた夕暮れだった。



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