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第7話「ギャル、恋を休む。」

 朝のチャイムが鳴る前に、教室の窓から差し込む光が妙にまぶしく感じられた。


 ――金森ルナは今日も来ていなかった。


 元気印のギャルが2日も休むなんて、今までなかったことだ。

 あの子は、どんなに雨が降っても、風が吹いても、完璧な巻き髪と完璧な笑顔で教室に現れた。

 それが、ぱったり来ない。


「ルナ、ほんとに……どうしたんだよ」


 俺はスマホを取り出し、既読のつかないままのメッセージを見つめる。


(昨日のままか……)


 ことりも紅も心配していた。

 でも一番、胸をざわつかせていたのは俺自身だった。


放課後 下校中


 そんなとき、風に乗って聞こえてきたのは、あの明るい声だった。


「――センパイ!」


 振り返ると、そこには元気そうな顔で手を振るルナがいた。

 けれど、その笑顔はどこか、作られたもののように見えた。


「久しぶりに部活顔出そっかなって思って、でも……先にセンパイに会えてラッキー!」


「……ルナ、大丈夫だったのか? ずっと来てなかったから心配してた」


「えっ、えへへ……心配してくれてたの? うれしー!」


 ルナは満面の笑みを見せたけれど、俺の中にはあの“ざわめき”があった。

 ――彼女の言葉とは裏腹に、心が笑っていない。


 ノイズみたいに、静かに流れ込んでくる“感情”。


(……嫌われたくなかっただけだし……うちら、そういうんじゃないし……)


 ルナの“心の声”が、俺の中にかすかに届く。

 それは、彼女の無理してる笑顔と合致していた。


「ルナ……ごめん、無理してない?」


 一瞬、彼女の笑顔が固まった。


「……なにそれ、センパイのエスパー力? それとも、恋愛センサーってやつ?」


「そんなたいそうなもんじゃないけど……俺、最近ちょっと“人の気持ち”に敏感になってるみたいなんだ」


 ルナは黙って俺を見つめ、やがて少しだけ目を伏せた。


「……あたしさ、バカみたいだったなって思ってた」


「え?」


「いつもヘラヘラしてさ、“恋の観測対象”として頑張ってたけど……あの時のことりちゃん、マジだった。

 あたし、軽かったよね。ちゃらんぽらんで、うるさくて、バカみたいに笑ってて」


「そんなこと――」


「……センパイが優しいの、わかってる。でもね、うちは……あの空気に耐えられなかったんだよ」


 彼女の声はかすれていた。

 目元には、いつもの派手なメイクがあっても隠しきれない涙のにじみ。


「“負けた”とか、“嫉妬”とか……あたし、そういうの、似合わないって思ってた。

 でも、本当はずっと……ずっと、センパイが他の子に優しくしてるの、見たくなかった」


 涙が、ぽつんと落ちる。

 夕焼けに照らされるその横顔は、ギャルの仮面を脱いだ、一人の女の子だった。


 俺はそっと、彼女の手を取った。


「ルナ、俺、お前のこと――軽いなんて思ったこと、一度もない。

 むしろ、誰よりもちゃんと、空気読んで、明るくして、気を遣ってて……そういうところ、ずっとすげーなって思ってた」


「……センパイ、それ……ズルいよ」


 ルナの手が震えた。

 だけど、そっと握り返してきた。


「……あたし、今日からちょっとだけ恋、休むわ」


「……え?」


「休むだけ。やめない。

 だって――センパイに本気になっちゃったから」


 照れ隠しのように笑うその表情は、たしかに“金森ルナ”だった。

 でもそこには、恋を知った少女の、まっすぐな決意も宿っていた。


その夜 観測部のグループチャット


(ことり:「ルナちゃん、戻ってきてくれてよかった~!」)


(紅:「笑ってたけど、少し泣いてた気がします。……でも、それもルナさんですね」)


(涼:「観測対象の心は、やがて観測者の心を侵食する。まるで、文学ですね」)


 スマホの画面を見つめながら、俺はため息をつく。


 恋ってやつは、本当にめんどくさい。

 でも、だからこそ――“観測”する価値がある。

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