放課後の図書室は静まりかえっていた。
陽の差し込む窓辺で、俺――成瀬悠真は、ため息まじりにページをめくる。
視界の端に、何やら“火花”のような気配を感じた。
「ねえねえ涼ちゃん~、その本、わたしも読んだことあるよっ!」
「そう。では、どの章が特に印象深かったのかしら? “読んだ”のではなく、“読めた”だけで満足したんじゃないでしょうね?」
ことりの明るい声に、涼の毒舌が突き刺さる。
――そう、今ここで、俺を挟んであの二人が火花を散らしている。
「な、なんで急に図書室で勉強なんかするんだよ、ことり……」
つい昨日まで、図書室の存在すら怪しかった彼女が、今日はやたらと張り切って席を取ってきた。
その理由は、明白だった。
(涼がいるからだ)
ここ最近、俺と涼の距離が少しだけ近づいていた。
それを、彼女――ことりは敏感に察していたらしい。
「で、でもさっ、この小説の主人公、かっこいいよねっ! 正義のために戦って、みんなを守って……! わたし、ああいうの大好きなんだ!」
ことりは元気いっぱいに語る。対して、涼は唇を歪めるように微笑んだ。
「ふふ……正義。まるで、浅い夢のよう。現実では、守ることと失うことは、常に表裏一体だわ」
「なにそれ、ずるい言い方! 文学ぶってるけど、本当は悠真くんにかっこつけたいだけなんじゃない?」
ことりの直球が炸裂する。
「……ふふ、そうかもしれないわね。でも――悠真先輩は、私の言葉を“ちゃんと”受け止めてくれるもの」
静かなカウンター。ことりがぴくりと眉を跳ねさせた。
「それって……わたしの言葉は軽いってこと?」
「まさか。でも、ことりさん。あなたは“元気”で“可愛い”女の子として見られることに、慣れすぎている。
本当の自分を見せようとしていないでしょう? 悠真先輩に」
「そ、そんなことない!」
「じゃあ、今ここで言ってみたらどう? “私、本当に悠真くんが好きだよ”って」
「……っ!」
図書室に、一瞬の沈黙が落ちる。
ことりの頬が赤く染まる。けれど――彼女は逃げなかった。
「……涼ちゃん。わたしね。わたし……本気なんだよ」
「――!」
「悠真くんのそばにいたいって、ずっと思ってる。
お弁当を一緒に食べて、バカ話して、でも、悩んでたらちゃんと気づきたい。
わたし、“可愛い女の子”じゃなくて、“恋する女の子”として、悠真くんと一緒にいたいんだ!」
その言葉は、まっすぐで、どこまでも強くて――
涼の微笑みが、少しだけ揺らいだ。
「……随分、真っ直ぐな告白ね。けど、それで悠真先輩の心が動くとは限らないわ」
「動かなくてもいいよ! わたし、嘘なんかつかないもん!」
ことりの声は、図書室に響いた。
俺は、ずっと黙って見ていた。
ふたりの“想い”が、ぶつかるのを。
涼の優しくも毒を含んだ言葉。ことりの真っ直ぐな叫び。
(どっちが正しいとか、そういうんじゃない)
ただ、俺は思った。
(こんなふうに俺のことで――喧嘩してくれるって、すげえな……)
その瞬間――涼が、立ち上がった。
「ことりさん。あなたが“嘘をつかない”のなら……私も、覚悟を見せなきゃね」
そう言って、俺の前に来ると、涼はすっと顔を近づけた。
「――ねえ、先輩。私のことを“普通の女の子”だと思ってたなら…それ、間違いですよ?」
「っ……!」
耳元で囁かれた声に、背筋がぞわりとする。
同時に、ことりの表情が“プチン”と音を立てて崩れた。
「涼ちゃん、それ、ずるいよぉぉおおお!!」
「ふふ、あなたには負けたくないもの」
俺はというと、もはや心臓がバグりそうになっていた。
(なんだこの修羅場……!)
その夜 ことりの部屋
「……わたし、がんばったよね……?」
部屋で布団に包まって、ことりはひとりごちた。
手は震えていたけれど――心の中は、不思議と温かかった。
悠真のことを、ちゃんと“好き”って言えたから。
(次は、笑顔で言おう。悠真くんに、ちゃんと……好きだって)