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第9話「その笑顔は、私だけに。」

放課後の図書室は静まりかえっていた。

 陽の差し込む窓辺で、俺――成瀬悠真は、ため息まじりにページをめくる。


 視界の端に、何やら“火花”のような気配を感じた。


「ねえねえ涼ちゃん~、その本、わたしも読んだことあるよっ!」


「そう。では、どの章が特に印象深かったのかしら? “読んだ”のではなく、“読めた”だけで満足したんじゃないでしょうね?」


 ことりの明るい声に、涼の毒舌が突き刺さる。


 ――そう、今ここで、俺を挟んであの二人が火花を散らしている。


「な、なんで急に図書室で勉強なんかするんだよ、ことり……」


 つい昨日まで、図書室の存在すら怪しかった彼女が、今日はやたらと張り切って席を取ってきた。


 その理由は、明白だった。


(涼がいるからだ)


 ここ最近、俺と涼の距離が少しだけ近づいていた。

 それを、彼女――ことりは敏感に察していたらしい。


「で、でもさっ、この小説の主人公、かっこいいよねっ! 正義のために戦って、みんなを守って……! わたし、ああいうの大好きなんだ!」


 ことりは元気いっぱいに語る。対して、涼は唇を歪めるように微笑んだ。


「ふふ……正義。まるで、浅い夢のよう。現実では、守ることと失うことは、常に表裏一体だわ」


「なにそれ、ずるい言い方! 文学ぶってるけど、本当は悠真くんにかっこつけたいだけなんじゃない?」


 ことりの直球が炸裂する。


「……ふふ、そうかもしれないわね。でも――悠真先輩は、私の言葉を“ちゃんと”受け止めてくれるもの」


 静かなカウンター。ことりがぴくりと眉を跳ねさせた。


「それって……わたしの言葉は軽いってこと?」


「まさか。でも、ことりさん。あなたは“元気”で“可愛い”女の子として見られることに、慣れすぎている。

 本当の自分を見せようとしていないでしょう? 悠真先輩に」


「そ、そんなことない!」


「じゃあ、今ここで言ってみたらどう? “私、本当に悠真くんが好きだよ”って」


「……っ!」


 図書室に、一瞬の沈黙が落ちる。


 ことりの頬が赤く染まる。けれど――彼女は逃げなかった。


「……涼ちゃん。わたしね。わたし……本気なんだよ」


「――!」


「悠真くんのそばにいたいって、ずっと思ってる。

 お弁当を一緒に食べて、バカ話して、でも、悩んでたらちゃんと気づきたい。

 わたし、“可愛い女の子”じゃなくて、“恋する女の子”として、悠真くんと一緒にいたいんだ!」


 その言葉は、まっすぐで、どこまでも強くて――


 涼の微笑みが、少しだけ揺らいだ。


「……随分、真っ直ぐな告白ね。けど、それで悠真先輩の心が動くとは限らないわ」


「動かなくてもいいよ! わたし、嘘なんかつかないもん!」


 ことりの声は、図書室に響いた。


 俺は、ずっと黙って見ていた。

 ふたりの“想い”が、ぶつかるのを。


 涼の優しくも毒を含んだ言葉。ことりの真っ直ぐな叫び。


(どっちが正しいとか、そういうんじゃない)


 ただ、俺は思った。


(こんなふうに俺のことで――喧嘩してくれるって、すげえな……)


 その瞬間――涼が、立ち上がった。


「ことりさん。あなたが“嘘をつかない”のなら……私も、覚悟を見せなきゃね」


 そう言って、俺の前に来ると、涼はすっと顔を近づけた。


「――ねえ、先輩。私のことを“普通の女の子”だと思ってたなら…それ、間違いですよ?」


「っ……!」


 耳元で囁かれた声に、背筋がぞわりとする。

 同時に、ことりの表情が“プチン”と音を立てて崩れた。


「涼ちゃん、それ、ずるいよぉぉおおお!!」


「ふふ、あなたには負けたくないもの」


 俺はというと、もはや心臓がバグりそうになっていた。


(なんだこの修羅場……!)


その夜 ことりの部屋


「……わたし、がんばったよね……?」


 部屋で布団に包まって、ことりはひとりごちた。


 手は震えていたけれど――心の中は、不思議と温かかった。


 悠真のことを、ちゃんと“好き”って言えたから。


(次は、笑顔で言おう。悠真くんに、ちゃんと……好きだって)



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