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第13話「好きだから、壊したくなる。――天音ことり VS 十六夜沙羅」

昼休みの校舎裏――


晴天の空とは裏腹に、そこには重たい空気が流れていた。


悠真は困惑気味に立っていた。目の前にいるのは、十六夜沙羅。そしてその隣には――


「……どうして、呼び出したの?」


淡々とした口調で問いかけたのは、天音ことりだった。


「ことりちゃん。あなたと、きちんと話したかったの。悠真くんのことについて」


「悠真のことなら、話すまでもないよ。私は……本気で好きだから」


「私もそう。だから、共存はできないの。悠真くんの隣に立てるのは、ひとりだけ」


沙羅の声は穏やかだが、言葉の端々に狂気の香りが滲んでいた。


悠真は思わず間に入ろうとしたが、ことりが静かに手を伸ばし、それを制した。


「悠真は……誰かの“所有物”じゃないよ」


「ええ、違うわ。でも、悠真くんは“繊細”で“傷つきやすい”。私みたいに、全部理解してくれる存在が必要なの」


沙羅が一歩前に出る。


「ことりちゃんは、悠真くんにとって“刺激が強すぎる”。あなた、いつも思ったことを全部口に出すでしょ?」


「それのどこが悪いの?」


「彼は、そういう人に近づくと、無意識に自分を偽ってしまうのよ。“大丈夫”って笑って、全部我慢するようになるの」


ことりの眉がピクリと動いた。だが彼女は動じない。


「そんなの、悠真が決めることじゃない。あんたが勝手に分析して、納得して、支配して――そんなの、愛じゃない」


「……支配じゃない。保護よ」


沙羅の声は淡々としていたが、どこか嬉しそうでもあった。


「悠真くんは、いま“迷って”いるのよ。私のほうがいいんじゃないかって。ことりちゃん、感じてるでしょう?」


図星だった。だからこそ、ことりは言葉に詰まりそうになった。

けれど、すぐにその心を振り払って――言った。


「たとえ、今迷ってても。私は悠真を信じる」


ことりの瞳はまっすぐだった。


「私は、悠真と並んで歩きたい。支えられる関係じゃなくて、支え合える関係がいい」


「……そんなの、理想論よ」


沙羅の唇が、微かに歪んだ。


「それでも、私は信じたい。悠真がその未来を選んでくれるって」


ふと、沈黙が訪れる。

悠真はその場に立ち尽くしていた。


彼の胸の中に浮かぶのは、ことりのまっすぐな声。

沙羅の狂気じみた献身。

そして、自分の不甲斐なさだった。


(どうして俺は……誰かを選べないんだ?)


気づけば、いつも“誰かの好意”に助けられてばかりだった。

紅の不器用な優しさ、ことりの明るさ、涼の静かな鋭さ、澪の無垢な眼差し――

そして沙羅の、歪なまでに純粋な愛。


(俺は……誰に応えたいんだ?)


ふと、風が吹いた。校舎裏に咲いた、誰も気づかない小さな花が揺れる。


ことりが一歩、悠真のほうに歩み寄った。


「悠真。ごめんね、変なことに巻き込んじゃって」


「ことり……」


「でも――はっきり言っておくね」


そう言って、ことりは正面から沙羅を見る。


「悠真は、私の好きな人。たとえどんな手を使われても、絶対に譲らないから」


「ふふ……そう。なら、私も本気を出さなくちゃね」


沙羅の瞳が細く笑う。

その口元は、まるで“勝利”を確信したかのようだった。


「悠真くんはね。もっと優しくされたいって、心の奥でずっと叫んでるの。あなたには、その声が聞こえない」


「聞こえるよ」


その瞬間、ことりが静かに言い放った。


「だから、そばにいるんだよ」


悠真の胸が、どくん、と鳴った。

ことりの言葉は、理屈じゃなく、魂に直接突き刺さってきた。


「……ことり……」


悠真は、何かを口にしかけて――そのまま、言葉を飲み込んだ。


自分の想いを、まだ言葉にする勇気はなかった。


でも――

「誰かの言葉を信じたい」と思ったのは、初めてだった。


その日の放課後。


沙羅は誰もいない美術室の片隅で、悠真の写真を手にしていた。


「悠真くん……あなた、誰かの言葉で揺れてくれたのね。なら――もっと深く、もっと激しく揺らしてあげる」


彼女の笑みは、まるで壊れた人形のようだった。

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