――放課後。校舎裏の桜の木の下。そこには、全員が揃っていた。
「まさか……全員が集まるなんてね。お祭りでも始まるの?」
白石 涼が艶やかな黒髪をかき上げながら、軽く笑う。
その微笑には、冷ややかさがほんのわずか混ざっていた。
「違うよ、白石先輩。今日は、“終わらせる”ために集まったんだ」
真っ直ぐな瞳で彼女を睨んだのは――天音 ことり。
「観測とか、測定とか……そういうのって、恋に必要なの?」
ことりの声は震えていた。でも、それは恐れではない。怒りでもない。
――それは、“本気”だった。
「……ことり、落ち着けよ」
悠真は苦笑しながら彼女の肩に手を置いた。
だが、ことりはその手を振り払わなかった。
「恋ってさ、もっと……自然なもんだと思ってた。好きって思って、それだけでいいって」
「非論理的な感情に支配されるとは、人間って面白いわね」
黒羽 澪が、手にしたタブレットを閉じた。
「でも、私は、ことりの言ってること……少しだけわかる。悠真と一緒にいると、体内のホルモン分泌が変わるの。分析では説明しきれない部分が、確かに存在する」
「それが……“恋”か」
無口な彼女がポツリと呟いたその言葉に、誰もが息をのんだ。
その静寂を破ったのは、鋭い声だった。
「結局、全員……悠真のことが好きなんでしょ?」
そう言って前に出たのは、神崎 紅だった。
赤い瞳が、誰よりもまっすぐ悠真を見据えていた。
「違うし!うちはただなんというか、その…」
ルナが頬を赤らめながら慌てて言う。
「私もそう。……だから言う。涼、あんたのやり方、間違ってる」
紅ははっきりと言った。
「観測が間違ってる……? それは、どうかしら」
涼は笑う。その瞳は深海のように冷たい。
「あなたたちが、勝手に悠真くんを好きになった。私は、それを“記録”してるだけ。選ぶのは、彼自身よ」
「だったら、その“選ぶ”って行為に、余計な操作を入れちゃダメでしょ!」
澪が思わず声を上げる。
「私も、彼を“研究対象”として扱ってきたけど……それじゃだめなんだって、やっとわかったの」
「涼さん。もし、それでもあなたが観測を続けるって言うなら……私、対抗する」
沙羅が静かに言葉を続けた。
「私には心理学がある。あなたのデータ操作に、私の直感で“対抗”するわ」
「面白いわね、十六夜さん。じゃあ、あなたは“恋”を操作できるとでも?」
「……違う。私は、“恋”を育てるんです」
沙羅が悠真に視線を向ける。
「悠真くん。あなたにとって、私たちは……どういう存在なの?」
その問いは、彼の胸に重くのしかかる。
「……正直に言うと、わからない」
悠真は言った。
「でも、誰が好きかって聞かれたら……少なくとも“選ぶ”ってことだけは、俺の意思で決めたい」
沈黙が、桜の木の下を支配する。
その空気を破ったのは、またしても――ことりだった。
「だったらさ、もう観測やめよう? みんなで、ちゃんと恋しようよ」
「恋愛観測部なんてやめてさ、ただの“友達”から始めたっていいじゃん。付き合うとか、付き合わないとかじゃなくて……まずは、気持ちで、つながりたいんだ」
ことりは、頬を染めて言った。
「悠真、あたし、ずっと好きだったよ。あんたが気づいてなくても、ずっと一緒にいたいって思ってた」
涼がわずかに表情を歪めた。澪の目が揺れた。沙羅が視線を伏せた。
そして紅が、静かに拳を握った。
「……でも、私も負けない。悠真に、ちゃんと好きになってもらえるように努力するから。今度は、“データ”じゃなく、“本心”で」
その瞬間――悠真は、何かがほどけるような感覚を覚えた。
「ありがとう、みんな。……俺、ようやく分かった気がする。俺たちの“恋愛観測部”って、最初から……“恋を知る”ための部活だったんだな」
ことりがそっと微笑む。
「うん。だから、これからは観測なんてやめて……」
「――恋、しよう?」
その言葉に、全員がわずかに頷いた。
それぞれの想いが、ようやく交差し始めた。
だが、それは同時に――新たな恋の戦いの始まりでもあった。
そして悠真は、心の中で決めていた。
自分の気持ちを偽らず、誰にも流されず、最後には――
(俺は、〇〇と……ちゃんと向き合う)
その決意を胸に、彼は再び“恋”のフィールドへと歩み出す。