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第16話「涼、最後の観測」

放課後の校舎裏。恋愛観測部の扉には「解散予定」の張り紙がされていた。


――恋愛観測部。それは、恋を観測し、記録し、考察する、奇妙で滑稽な部活動。


そして今、そこから“恋”が生まれた。

ことり、沙羅、澪、紅、ルナ……皆がそれぞれの想いを悠真にぶつけた。

観測者ではなく、当事者として。


だがただ一人――涼だけは、その“当事者”になることを拒み続けていた。


「先輩、今日、図書室に……来ないんですか?」


放課後、廊下の影から現れた白石涼は、いつもの清楚な微笑みを浮かべていた。


「……涼か。ああ、ちょっと寄ろうと思ってたけど、今日は……」


「ねぇ、先輩。私のこと、“普通の女の子”だと思ってたなら――それ、間違いですよ?」


彼女の目が、真っすぐに悠真を射抜いた。


「私はあなたを“恋愛観測”してたんじゃない。あなたを……“好きになった自分自身”を観測してたの」


その瞬間、悠真の心にざらりとした違和感が走った。


涼の言葉は、どこか歪んでいた。


「観測って、ある意味、支配なのよ。だって、相手の反応や感情をすべて記録して分析すれば、“次に何を言うか”すら予測できる」


「それ……恋なのか?」


「違うわよ。でも、それが私なりの恋だった。だって私、“本気で誰かを好きになる”なんて、怖くてできなかったから」


風が吹き抜けた。悠真は涼の瞳から目を逸らさず、問いかける。


「でも、今は?」


涼は微かに微笑んだ。


「先輩に“負けた”と思った。ことりさんも、沙羅さんも、澪さんも、紅さんも、全部――“感情のままに動いてた”。分析も計算も超えて、ただ、あなたを想ってた」


「私、観測者のくせに、それを見誤った。……これじゃ、恋愛観測部失格ね」


悠真はふと笑った。


「違うよ。涼は、最初から“誰よりも本気”だったと思う」


涼の目がわずかに見開かれた。


「俺、最初は涼のやってること、正直よくわかんなかった。でも、誰よりも近くで見てて気づいた。涼の“観測”って、本当は……“優しさ”だったんじゃないかって」


「……やめてください。そういう言い方、一番ダメです」


涼が俯いた瞬間、その肩が震えているのに悠真は気づいた。


「私……悔しかった。あなたに恋して、データ取って、計画立てて、告白のタイミングまで分析して……でも、全部、意味なかった。ことりさんの“好き”のひと言に、全部吹っ飛ばされたの」


悠真は無言で立っていた。


涼が顔を上げた時、その瞳には涙が光っていた。


「それでも、まだ……あなたが好きです」


その言葉は、彼女にとっての“最後の観測結果”だった。


「だから、これが最後のデータ。……私の気持ち、記録してくれる?」


悠真はそっと頷いた。


「ありがとう、涼。俺も、ちゃんと忘れないよ。涼のこと――本当に、大事な友達だって思ってる」


涼は笑った。


今までで一番、感情のこもった笑顔だった。


「……ひどいなぁ、先輩って」


「え?」


「そんな言い方されたら……私、もっと好きになっちゃうじゃないですか」


そう言って、涼は踵を返した。


彼女の背中が夕陽に染まる。校舎の窓に映る影が、長く伸びていった。


「……恋って、不確定な現象ね。でも、だからこそ、きっと美しいの」


彼女は最後に一度だけ振り返り、笑った。


「先輩。これで、“恋愛観測部”は終わりです。でも……“恋”は、まだ終わってませんからね?」


その言葉とともに、白石涼は去っていった。


悠真は空を見上げた。

そこには春の雲が流れていた。


「……俺は、ちゃんと選ばなきゃな」


ことり、沙羅、澪、紅、ルナ、そして涼。

彼女たちとの想いが交錯し、ようやく自分の心が動き出す。


(ちゃんと、向き合おう。俺の“好き”に)


その決意が、胸に宿った。


――“観測”では終わらせない、“恋”の物語は続いていく。

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