放課後の校舎裏。恋愛観測部の扉には「解散予定」の張り紙がされていた。
――恋愛観測部。それは、恋を観測し、記録し、考察する、奇妙で滑稽な部活動。
そして今、そこから“恋”が生まれた。
ことり、沙羅、澪、紅、ルナ……皆がそれぞれの想いを悠真にぶつけた。
観測者ではなく、当事者として。
だがただ一人――涼だけは、その“当事者”になることを拒み続けていた。
「先輩、今日、図書室に……来ないんですか?」
放課後、廊下の影から現れた白石涼は、いつもの清楚な微笑みを浮かべていた。
「……涼か。ああ、ちょっと寄ろうと思ってたけど、今日は……」
「ねぇ、先輩。私のこと、“普通の女の子”だと思ってたなら――それ、間違いですよ?」
彼女の目が、真っすぐに悠真を射抜いた。
「私はあなたを“恋愛観測”してたんじゃない。あなたを……“好きになった自分自身”を観測してたの」
その瞬間、悠真の心にざらりとした違和感が走った。
涼の言葉は、どこか歪んでいた。
「観測って、ある意味、支配なのよ。だって、相手の反応や感情をすべて記録して分析すれば、“次に何を言うか”すら予測できる」
「それ……恋なのか?」
「違うわよ。でも、それが私なりの恋だった。だって私、“本気で誰かを好きになる”なんて、怖くてできなかったから」
風が吹き抜けた。悠真は涼の瞳から目を逸らさず、問いかける。
「でも、今は?」
涼は微かに微笑んだ。
「先輩に“負けた”と思った。ことりさんも、沙羅さんも、澪さんも、紅さんも、全部――“感情のままに動いてた”。分析も計算も超えて、ただ、あなたを想ってた」
「私、観測者のくせに、それを見誤った。……これじゃ、恋愛観測部失格ね」
悠真はふと笑った。
「違うよ。涼は、最初から“誰よりも本気”だったと思う」
涼の目がわずかに見開かれた。
「俺、最初は涼のやってること、正直よくわかんなかった。でも、誰よりも近くで見てて気づいた。涼の“観測”って、本当は……“優しさ”だったんじゃないかって」
「……やめてください。そういう言い方、一番ダメです」
涼が俯いた瞬間、その肩が震えているのに悠真は気づいた。
「私……悔しかった。あなたに恋して、データ取って、計画立てて、告白のタイミングまで分析して……でも、全部、意味なかった。ことりさんの“好き”のひと言に、全部吹っ飛ばされたの」
悠真は無言で立っていた。
涼が顔を上げた時、その瞳には涙が光っていた。
「それでも、まだ……あなたが好きです」
その言葉は、彼女にとっての“最後の観測結果”だった。
「だから、これが最後のデータ。……私の気持ち、記録してくれる?」
悠真はそっと頷いた。
「ありがとう、涼。俺も、ちゃんと忘れないよ。涼のこと――本当に、大事な友達だって思ってる」
涼は笑った。
今までで一番、感情のこもった笑顔だった。
「……ひどいなぁ、先輩って」
「え?」
「そんな言い方されたら……私、もっと好きになっちゃうじゃないですか」
そう言って、涼は踵を返した。
彼女の背中が夕陽に染まる。校舎の窓に映る影が、長く伸びていった。
「……恋って、不確定な現象ね。でも、だからこそ、きっと美しいの」
彼女は最後に一度だけ振り返り、笑った。
「先輩。これで、“恋愛観測部”は終わりです。でも……“恋”は、まだ終わってませんからね?」
その言葉とともに、白石涼は去っていった。
悠真は空を見上げた。
そこには春の雲が流れていた。
「……俺は、ちゃんと選ばなきゃな」
ことり、沙羅、澪、紅、ルナ、そして涼。
彼女たちとの想いが交錯し、ようやく自分の心が動き出す。
(ちゃんと、向き合おう。俺の“好き”に)
その決意が、胸に宿った。
――“観測”では終わらせない、“恋”の物語は続いていく。