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2.今日からここをキャンプ地とする


【本文】


 中央平原の大破壊。


 レイライン聖王国とアーク魔帝国の両陣営に激震が駆け巡り、犬は喜び庭で転げ回ると猫は暖炉の前でへそ天である。


 底の見えない深い谷が、数キロに渡り戦場に走ったのだ。


 たった一人の人間の魔導師によって。


 聖王国側の放った攻撃の爪痕は魔帝国に深い傷を残し、全軍撤退を余儀なくされた。

 帝国側の志気は激減。戦争をふっかける前に「対策」を講じる必要があった。


 一方、聖王国側も事態は深刻だ。

 なにせ秘密兵器が暴走し、いつ自軍に牙を剥くかもしれないのだから。


 事態を引き起こしたパワハラ将軍は更迭。幕僚たちも降格処分。彼らは与えられた仕事をこなそうとしただけだというのに、世は不条理に満ちている。


 聖王国もまた、たった一人の男をどうにかしなければ、戦争どころではなくなってしまった。


 すべての元凶は――


 私である。こうして考えてみると、つくづく私とは迷惑な存在だ。

 なぜ生まれてきたのだろう。などと殊勝なことを考えたりもしなくもなくもない。


 で、さしあたり――


 国に戻ることもできなければ、魔帝国側にも伝手(つて)の無い私は……。


 ここを……中央平原をキャンプ地とすることにした。

 両国の承認? 知ったことかである。


「この先、私有地につき……と」


 西の聖王国側の平原入り口に立て札を設置。

 同じものを平原東端の魔帝国側にもおっ立て済みだ。


 一仕事終えて額の汗を袖で拭う。


 良い天気だ。空は青く雲は遠く、日差しは温かい。


「帰るか。転移魔法……っと」


 杖に魔法力を灯して瞬間移動の秘術を発動すると、世界がめまぐるしく回転した。


 ビュンッと引っ張られるような感覚とともに、私の身体が「消失」する。


 転移魔法。いついかなる場所にも一瞬で跳躍できる、どこでもふぬぬぬ~的な奇跡だ。

 魔導学院時代に使えた教授が一人もいなかったんで、たぶんそこそこ難しい魔法の可能性あり。


 私は川縁のキャンプ地に戻ってきた。

 すると――


 テントが荒らされていた。

 全身黒ずくめのピチピチスーツに鉄のかぎ爪を付けた変質者が四人。

 仮面で顔を隠しているけど、こいつら……頭に猫系ケモ耳。尻尾も生えている。


 アーク魔帝国の特殊部隊だ。


「なんだぁ貴様らぁ! 私の楽しいソロキャンプを邪魔するつもりかぁ!」


 今夜、食べる予定だった……楽しみにしていたソーセージが地面に散乱していた。

 香り高くスモークされたプリプリ食感。香辛料の配合が絶妙で、茹でてヨシ。焼いてヨシ。スープの具にしてもヨシなのだ。


 今夜はたき火を囲んで、このソーセージと夜空をつまみに呑む予定だった。


 あっ……。


 瓶が割れている。中身が地面にぶちまけられている。


 二十五年モノの熟成酒。

 ふざけるな……ふざけるなふざけるなふざけるなふざけんじゃねぇ。


 大地に呑ませるなんてもったいないことしやがって。


「貴様らがテントを荒したんだよな?」


 ……。


 返答ナシ。


 突然降って湧いた私に連中は一瞬ひるんだが、互いにうなずき合うと四方から囲んできた。


「「「「死ね」」」」


 私を消せば脅威を排除できる。至極まっとうな判断だ。

 理屈はわかる。


 けどな――


 かっちーんときた。

 ごめんなさいの一言もなしに、死ねとはなんだ死ねとは!


「死ぬのは貴様らだ」


 四方から同じタイミングで飛び込んできた手練れども。近接戦闘は専門じゃない。身のこなしで精鋭なのがわかる。


 私は転移魔法で上空に瞬間移動した。

 連中の爪が空を切るのを足下で見る。と、同時に手元に転移魔法で小瓶を引き寄せる。


「くらってへたばれぇい!」


 地面に小瓶を投げ放つ。と、連中の目の前で瓶が破裂した。

 粉がぶわっと広がり――


 連中は地面にひっくり返ってへそ天だ。


 英雄的着地で事なきを得た私が近づいても、全員泥酔したように身をくねらせる。


「あへぇ~」

「あばばば~」

「ばぶばぶ~」

「あじゃぁ~」


 私が投げつけたのは、聖王都の魔導学院にある薬品庫の棚に並んでいた「マタタビパウダー」の瓶だ。

 転移魔法の応用で窃盗は得意な私である。


 四人は腰をくねらせる。

 盛りの付いた雌猫のような嬌声を上げだした。


 ソロキャンプが台無しだ。


「よし。全員、そのままだ。不法侵入罪で逮捕する」


 ポーチから蔓植物の種を取り出すと、四人それぞれに蒔いて魔法力で発芽させた。

 一瞬で蔓が成長して縛り上げる。


 一人は亀甲縛り。王道である。

 一人はM字開脚。もはや己の意思で足を閉じることはできない。

 一人は菱縄縛り。正中線に並ぶ美しい等間隔の菱形。

 一人は後ろ手縛り。胸を強調し脇の下を晒しつづける上半身のみで完成系。


 拘束を終えてコーヒーを一杯。キャンプ道具が無茶苦茶になってしまったのは腹立たしい。


 しばらく鑑賞。うむ。男四人の身もだえる姿にコーヒーがまずくなる。


「さてと……」


 カップに半分ほど残して、仕上げにかかる。


 四人それぞれの額に触れて記憶を読み取った。


「家族がいるんだな。どいつもこいつも……ったく」


 マタタビでトリップした暗殺者四人を綺麗に蔓縄でラッピングして、私はそれぞれのご家庭に転移魔法で飛ばした。


 お父さんの仕事ぶりをみるがいい。学校帰りの子供たちや家事に勤しむ主婦どもよ。

 毎日がんばってるお父さんに敬意を示すのだ。


 これに懲りたら刺客なんぞ送ってくるんじゃあないぞ……っと。



 このあと四つの離婚届が魔帝国の役所に提出されたのだが、それはまた別の話である。

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